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給食とか牛乳の話
まず前提として、ブログ主は1983年生まれの千葉県生まれ千葉県育ちです。
地域によっては定番給食メニューらしい「ソフト麺」の存在を社会に出るまで知りませんでした。

幼稚園



給食はなくお弁当持参。弁当箱はみんなアルミ製。なぜかというと食べる前に加熱してくれるから(当然フルーツなどは別容器)。小さめのふりかけ入りおにぎりが好きだった。

時々おやつが出て、その時に一緒に出された牛乳は三角テトラパック(メーカーなんか覚えちゃいない)。おそらく現役の三角パックを見た最後の世代だと思っているんだがどうだろうか。

小学校



給食センターではなく自校の給食室で調理。食べ慣れないものも多くてよく残してたけど、総合的には温かくておいしかったと思う。ニンニク入りの餃子を給食で初めて食べて吐いた覚えあり(今ではニンニクも餃子も大好き)。特に好きだったメニュー「サフランライスのホワイトソースがけ」(今思うと結構おしゃれ。給食によって初めて存在を知った料理も多い)。

当時は生野菜が苦手だった。中学年の頃は、全部食べるまで昼休みに遊ばせてくれないこともあった。しかしO-157事件以降は、学校給食における生野菜が原則として出されなくなった。当時の食品業者や被害者の方々にはまことに申し訳ないが、正直嬉しかった。ちなみに生野菜も今では普通に食べる。

お盆と食器は恐らくアルマイトと思われる合金製、スプーンは先割れではない、お箸は持参。特別なイベント(他学年との交流とか)のみに使われる「会食室」では、プラスチックの器が使われた。

興味深いイベントとして、講演に来たブータン王国の人と一緒に給食を食べたことがある。その時の給食にはミカンが出て、先生が「ミカンはブータンでは食べられないから、食べられない子は分けてあげなさい」と言っていたのが印象的。(うろおぼえだが、このブータン人は政府とか王家の偉い人だった気がする。ぐぐっても当時の情報が全く出てこないので、情報収集も兼ねて検索用に学校名を晒す「流山小学校」)

牛乳は200mlのビン入り。メーカーは保証牛乳だったが、途中でコーシン牛乳に変わった。ミルメークやコーヒー牛乳が年に1度くらいあった。牛乳瓶の蓋コレクションとメンコバトルが男子の間で流行る。地方の珍しい牛乳の蓋や、縁が反り返っていない未使用の蓋(学校に牛乳屋の息子がいて、結構出回っていた)が珍重された。当時、家の近所の明治乳業では「ハネーヨーグルト」という瓶入りのヨーグルトを販売しており、その蓋が牛乳の蓋より大きくて強かった。

中学校



小学校とほぼ同じ。コーシンの瓶牛乳+自校調理室。後で色々調べて知ったけど、量的にも質的にもかなり恵まれていた部類だと思う。

既にこの頃には好き嫌いも無くなっていた。自分に限らないだろうが、一番食べ盛りだったのもこのころじゃないかな。余った牛乳はあっという間に無くなった。調子に乗って腹を壊したのも良い思い出。

土曜日は給食が無いので、部活などで残る場合は弁当持参。ちなみにブログ主は理科部に所属。朝練もあれば長期休業中も部活があり、なぜか冬場はランニングをするという地味にハードな部活だった。当時の思い出深いエピソードとして、弁当の代わりに生米とレトルトカレーを持参して、理科室のガスバーナーとビーカーで炊飯し、昼休みにできたてのカレーライスを食べた猛者がいる。僕はヘタレなので野草(タンポポとか)をビーカーで茹でておかずの足しにする程度だった。

おすすめリンク:漂流乳業

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