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本とゲームのレビューと雑文が中心。

ドラゴンズドグマについてあれこれ語る
レビューというほどでもない雑文あれこれ。

メインテーマ「Into Free -Dangan-」から見るターゲット層


失礼ながら、僕は原曲である「さまよえる蒼い弾丸」を知らなかった。1998年発表とのことで、当時中学生だからテレビやラジオで間違いなく聞いたことはあるはずだが、曲名もメロディも全く記憶に残っていなかった。B'zといえば当時の中高生にも大人気で、特にファンというわけでもない僕ですらサビくらいなら何曲か諳んじることができる。

原曲と比べてみると「旅すりゃいい」を「Time is running free」にするなど、原詩を活かしているのが面白い。英語が苦手でもカラオケなら勢いで歌えそうだ。移植版を含むダークアリズンでは聞く機会がなくなってしまったようなのが残念。

本作の静かなタイトル画面で流れる曲としては、イントロを除けば正直ミスマッチと言わざるを得ないのだが、ゲーム映像と合わせたPVではぴったり嵌っている(なぜかカプコンではなくB'zのチャンネルにあった)。


映像自体は中世ヨーロッパ風の王道ヒロイックファンタジー要素てんこ盛りで、ある種の人間にはよく刺さる。B'zを起用したという点も含めて30代~40代あたり(2012年の発売時点で)がメインターゲットなのだと思われる。予約特典では日本においてファンタジー文化を広めたグループSNEの水野良による小説(現在は全文無料公開されている)が付いたのも話題になったようだが、若い人にとっては「誰?」だろうなぁ。

余談だが、個人的な観測ではこの手のファンタジーファンと3Dアクションゲームのファンはあまり重ならないイメージがある。同じカプコンのモンハンを見ても、旧来のファンタジー界隈の文脈で語れる人が驚くほど少なかった印象がある。どちらかといえば本作はアクション要素の比重が少なめというか、レベルアップや装備更新による数字の暴力やアイテムによるゴリ押し、あるいはNPCの運用次第でアクション操作が苦手でもクリアできるように作られていると思うのだが、客観的には「難しい」ゲームだろうなと。

PVについて、発売の数ヶ月前に公開されたにしては、本編の核心的なシーンが多く使われていることに驚く。ついでに本編をクリアした後で見ると「このシーンをそうやって見せるの!?」的な変な笑いが出る(これみよがしな指輪とか)。

衣装(装備品)に見られるこだわりについて


本作のトロフィーの一つに「武器防具を計350種類入手する」というものがある。本編クリア時点では、それなりにこまめに装備更新していたつもりなのに100種類にも満たなかったので大変そうに思えたのだが、実際は店売りのアイテムを安い順に適当に買い揃えるだけでも容易に達成できるようになっている。逆にいえば、クリアに必要な分量を遥かに超えるラインナップがゲーム内に用意されているということになる。ゲーム内では他のプレイヤーが作成したポーンを何人も雇うことになるのだが、これだけ装備品が豊富だと見た目がかぶるということがめったに無い。なるほど、このための配慮であったか。

また、本作では倒したモンスターが素材をドロップするというモンハン的なシステムがあり、装備品の強化に使われたりするのだが、ほとんどの装備品の見た目にはモンスター感はなく、リアルな(少なくともそれっぽい)中世ヨーロッパ風の衣装が中心である。見た目に反映される防具が7部位あるにも関わらず、適当に組み合わせるだけでファンタジー世界の住人になれるのだ。これは他人の作ったポーンを雇うとよくわかり、少なくとも本編クリア前のレベル帯であれば世界観的に「浮いた」見た目のポーンとはほとんど遭遇しない。無印(ダークアリズンではない)版においては、緑やピンクといった派手な髪色がデフォルトでは選べずにDLC扱いにした判断もこれなら納得である。

モンスターの造形について本作を評価する声は大きいのだが、キャラクターの衣装(装備品)についても目立たない部分で相当のこだわりを感じる。しかも本作ではプレイヤーキャラの体格は子供から巨漢までかなり自由に設定できるにも関わらず、すべての装備品が違和感なく表示されるようになっているのだ。これはとてつもないことだと思う。

三浦建太郎の『ベルセルク』黄金時代篇とコラボしたのも素晴らしい。ガッツと言えば漆黒の鎧に巨大な剣の印象が強いが、本作に登場するのは切り込み隊長時代の装備なのだ(ちょうど劇場版をやっていたというのもあるだろうけど)。しかも一式装備(他の防具と併用できない全身鎧で、クエストのための変装目的やコスプレ用のおまけ装備として登場)というシステムがあるにも関わらずベルセルクコラボ装備はパーツごとに別扱いで、完全にドラゴンズドグマという世界の中に溶け込んでいる。

あふれる「作りかけ」感


例えば本作の序盤において、鍛冶屋の息子を蘇生アイテムで復活させるというサブクエストがある。その時点では貴重品なので一周目ではクリアできなかった人も多いだろうが、苦労してクリアしても安い報酬しかもらえない。鍛冶屋なら武器の生産や強化に貢献してくれると、ゲーム慣れしたプレイヤーなら当然期待するところだが……。

また、彼のいるエリアは職人区と呼ばれているのだが、ゲーム内でそれを感じさせる要素は上記の鍛冶屋しかいない。しかも装備の販売や強化を行うのはまた別の店である。他にはドアが開かない家がいくつかある程度だ。また同エリアには広大な農場があるのだが、そこで作物を栽培することもできない。アイテムには鍬や鋤、鎌といった農具があるのだが、ごく限られた調合や武器の強化に使うのみで、本来の用途で使うことはない。他にも金槌やコテ(左官用)、ホウキなどのアイテムもあるが同様。もしかしたらハウジング的なシステムを用意しようとしていたのかも。

他にも釣りに使う「浮き」がアイテムとして登場するのに釣りができない(アイテム自体は用途皆無で採取のゴミのような扱い)。よりによって主人公は漁村の出身で、そこには釣り竿をかついだ住人までいるのに……。カプコンと言えばゲーム内に釣りの要素を入れることも多い(モンハンとかブレスオブファイアとか)ので、本作でも入れようとしていた痕跡だろうか。魚捕り自体は水辺での採取行動(手づかみ)で行えるようになっているのだが、水たまりならともかく川辺の魚が逃げないというのはかなり不自然だ(それを言ったら、モンハンの釣り場もかなり不自然なんだけどね)。

ストーリーに関しても同様のことが言える。本来、「決戦」の後は第二部とも言えるほどのボリュームが必要だったのではないか。「決戦」以前のメインストーリーは言われたことをやるだけの流れだが、それ以降は自由な手段で目的を達成するために世界を巡るとか。実際は一つのダンジョンに詰め込まれたボスを任意で倒すだけになってしまったが。また登場人物もサブクエストを進めるといなくなったり唐突に帰ってきたりするのだが、本来は世界の謎を部分的にプレイヤーに伝えるべきだったのではないだろうか。少なくとも最後の最後に界王から直接説明させるよりは自然な流れになったと思うのだが。

完全版としてダークアリズンにはそのあたりを補完してくれることを誰もが期待したと思うのだが、実際はバランス調整と本編と無関係なダンジョンの追加であり、後の移植版でも本編には手を付けられていない。いびつな形とは言え一度完成させてしまったものなので、下手にいじるのが難しいというのは理解できるのではあるが。

「界王」の正体について


クリティカルなネタバレとなってしまうのだが、このギミックには驚いた。本作はカプコンが打ち出す本気の大作として発表され、発売の前年から積極的なプロモーションを展開していた。そこに主人公として登場する「赤毛の男」は本作の顔だったはずだ。パッケージや説明書でも一貫してこの赤毛の男が使われている。普通、キャラメイクが自由なゲームでは場面ごとにいろいろなキャラを使ってアピールするものではないだろうか。

とはいえ大抵のプレイヤーはそれに深い意味などなく、キャラメイクが自由な本作にとっては単なる「サンプル」「デフォルト」程度の扱いかと思っていたはずだ。しかしまさかのラスボス、それもループする世界における主人公の前任のような扱いでゲーム内に登場するなんて。

特に、本作の発売前から期待していたプレイヤーほど驚いたのではなかろうか。今まで追いかけていたゲームの画像や映像は、これからプレイヤーとして体験する冒険であったと同時に、作中において「かつて行われた冒険」として取り込まれていたのだ。これはゲームというメディア、長期間に渡って宣伝が行われる大手メーカーの超大作、なおかつ主人公に固有のビジュアルが存在しないからこそ可能な一世一代のギミックであり、この発想そのものには拍手を贈りたい(それだけに、駆け足すぎる終盤の展開が残念ではある)。

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