fc2ブログ
本とゲームのレビューと雑文が中心。

ポケモンの思い出 1999年編
色んな意味で激動の年であった。

自宅でのインターネット導入


高校入学祝い、だったかどうかは忘れた(そもそも家族の共有物だったし)が、年度の初めに新しいパソコンを導入。今までは10年ほど前のPC-88互換機(ハードディスクすら付いていない)しかなかった我が家のIT環境が一気にアップデートされた。当時としても比較的新しい機種で、特に液晶ディスプレイ(当時はまだまだブラウン管が主流)は10年以上も現役で使い続けることになる。さらに、当初からISDNを導入したので電話とも両立できた(インターネットに繋いでいると電話ができなくなるので困る、みたいなよくある話とは無縁!)。

改めてポケモンサイトを巡る。2年前に塾のパソコンで繋いだときには見つけられなかったhiwasaさんのサイトに衝撃を受ける。そこにはパラメータの秘密がほぼ完全に解き明かされていた。なるほど、この「努力値」とやらが重要で、今までのゲーム雑誌などはその影響を間接的に伝えていたに過ぎなかったのか。途中の育て方がどうあれ、最終的に努力値を上げきれば能力は同じだけ育つ。つまり今まで不完全な育て方をしたポケモンでも「鍛え直す」ことができるとわかり、さっそくLv100軍団で四天王を周回して育て直したりした。

前に塾のパソコンから繋いでいた1997年当時ほどの熱気は薄れていたような印象だったが、それでも現役で活動している個人サイトは多かった。僕が見限っていたアニメが大人のアニメファンにも人気だった(むしろ、アニメをきっかけにポケモンを好きになったという人が多かった)といのが意外。声優も豪華だし、当時のアニメファンの間では最初から話題作だったのだろうか。

時期的には以下のサイト開設とも前後するのだが、様々なポケモンサイトの掲示板にも顔を出すようになり、管理人や訪問者の方々と仲良くもなった。「水ポケモン本舗」や「Hiro's GameGame Town」といった自分と年齢の近い人だったり、「グリフィンアイランド」のような年上のファミコン世代(?)の方だったり。ただしこの時点での活動はオンライン上に限られ、オフ会に参加するようになったのは3年以上後の話となる。

個人サイト「翔のページ」開設!


プロバイダのBiglobeでは個人サイトの無料サービスがあり、さらにPCには「フロントページエクスプレス」というHTMLをワープロ感覚で手軽に編集できるソフトがバンドルされていた。こうなると当然作りたくなるというもの。ファイルの作成やアップロードの方法などを独学で調べ、半月くらいかけて「翔のページ」開設に至る。URLも当時から変わっていないのだが、それはつまり実家のプロバイダに依存しているということなので、消滅する可能性は常にある。ローカルのファイルを上げ直すだけなので復旧は楽(ブログなどからの外部リンクは修正する必要はある)なのだが…。

余談だが、フロントページエクスプレスについても現役で使用している。特に複雑なテーブル(表)を組む場合、これよりも使いやすいソフトを他に知らない。ある程度ページの文章量が増えると極端に重くなる(使えるメモリが限られるからだろう)とか、スタイルシートを認識せずにゴミ扱いするのが難点だが、切り貼り前提で部分的に使う分には未だに役に立っている。

というわけで、高校に上がりたての少年が勢いで作成したサイトだが、現在に至るまで更新を続けており、界隈における知名度はそれなりのものになった。ポケモン以外のコンテンツも含めてのことだが、リアルでの知人に「前に見てたんですけど、あれってかけるさんのサイトだったんですか?」と驚いてもらったことも何度かある。それによって得たものは非常に大きい。個人サイトを作ることの意義については別の記事でも長々と語っているので興味があればどうぞ。

ポケモンスタジアム2発売


僕としては珍しく、4月30日の発売直後(少なくともゴールデンウィーク中であることは確か。成東の長崎屋(現ドン・キホーテ)だったかな?)に購入。前作が予想よりも良い出来だったので最初から期待していた。特に、強化されたユーティリティと、新ルールの数々によって今までは日の目を見ることがなかったポケモンが活躍できるようになったところに注目。またミニゲームも意外と出来がよく(個人的には『ポケスタ金銀』のやつよりも全体的に好み)、接客用としても役立ってくれたりした。

ミュウツーを倒せ(裏)が全能力上限値(努力値・個体値最大)であることがネットで話題になったのを思い出す。とはいえ、それは6対1という極端なルールだからで、全体的にはマイルドな難易度(全国大会のデータそのままの98カップですら、破壊光線の仕様変更により本来の力を発揮できない)で、まだネットに繋げない一般人でも安心?

本作発売に伴い初代世代の総集編とも呼べる攻略本が発売されたのも大きい。初期の攻略本に見られた情報の誤りが修正され、ピカチュウ版における差分にも触れた完全版のデータは、以降においても非常に役に立った。

『ポケットモンスター金銀』の発表と発売


この年の夏頃に、1997年から沈黙していた『金銀』の新情報がついに公開!具体的な発売日も発表され、幻の作品になりかけていたのが一気に現実感を持って目の前に現れた。第一報から3年間も待たされたという経験は、後にも先にも人生でこれっきりかも知れない。時間の流れが濃密な少年期であったことを踏まれると、これよりも強烈な「待たされた」体験をすることは(少なくとも「商品」というカテゴリに対しては)二度と無いだろう。

当然、予約する(確かローソンのロッピーを使ったはず)。あとこの頃になると高校でも数少ないポケモン仲間ができた(なお翌年に合唱部に入ることになるのだが、そちらではさっぱり通じなかった)。あまり濃い話はできなかったのだが、発売直後にはトゲピーの進化レベルについてちょっと盛り上がったりしたような気がする(当初は「なつき度」で進化することがわからず、単純なレベルアップだと思っていたが、そのレベルにばらつきが出るのが不思議だった)。

なお、ゲームとしての評価に関しては色々と複雑である。基本システムはともかく、ストーリーやフレーバー的な要素を中心に疑問を持った点も少なくない。少なくとも初代ほど手放しに褒められるゲームではないことは確かである。あまりにも待たされて期待が膨らみすぎてしまったのかも知れない。より詳しくは「初代ファンが金銀に抱いた違和感について」としてまとめている。

コメントの投稿

 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 【かけるのブログ】. all rights reserved.