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【DQシリーズ】「勇者ロト」はなぜ姿を消したのか、そして女勇者はいかにして「子孫」を残したのか
DQ3のエンディングメッセージの疑問と、シリーズにおける「ロトの子孫」の扱いに関する雑想。

DQ3のエンディングについて


今となっては「ネタバレ」にも値しない周知の事実のような気がするが、ドラゴンクエスト3の物語は前作・前々作における「伝説の勇者ロト」のオリジンとなる物語である。エンディングでは次のようなメッセージが流れる(FC版を元に、句読点を入れて漢字に変換した)。

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かくして、ロトの称号を受けた○○は、ここアレフガルドの英雄となる!

だが、このあと勇者○○の姿を見たものは誰もいない。

彼が残していった武器防具はロトの剣、ロトの鎧として、聖なる守りはロトの印として後の世に伝えられたという。



そして伝説が始まった!
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ロトのアイテムが後世に受け継がれたのはわかる。しかしその後の勇者の姿を見たものが誰もいないとはどういうことだろう?前作・前々作には「ロトの子孫」と呼ばれる人物が登場するのだから、「彼の血は子孫に受け継がれた」とあるべきではないだろうか。

ロトの勇者がどこへ消えたのは様々な解釈が可能である。故郷である上の世界に帰った、神々の世界に導かれた、あるいは正体を隠して市井に紛れて庶民として生涯を過ごした、最悪のパターンとしては影響力を恐れた王に誅殺された、等。しかしいずれにせよ「姿を消した」のなら子孫の存在が後世に伝えられる(それが人々に公認される)とは思えない

例外としては、勇者ロト本人がアレフガルドに残った女性との間に子を作った(かつ、それが周知された)場合であるが、それが通用するのは勇者ロトが男性であった場合に限られる。ご存知のようにDQ3では主人公の性別を男女から選べるようになっている。ロト三部作の物語は、開祖であるロト自身の性別がどうあれ矛盾なく展開されなければならない。

エンディングメッセージを素直に読めば、ロトの称号を授かった直後に勇者ロトは姿を消したと受け取れる。つまり勇者ロトが女性であれば、アレフガルドに子孫を残すためにはエンディング以前に子供を身籠って産んでいる必要があるのだが、生憎そのような物語は語られていない(ゲームでそのような展開は見られない)。

なぜ、わざわざ主人公を男女から選べるようにしたのか。そして女性を選んだ場合は子孫を残せないかのような結末にしたのか。僕はこう考える。性別がどうあれ「そもそも勇者ロトは(少なくとも公認される)子孫を残してはいない」というのが正史であると。残していたとしても構わないのだが、その血筋そのものは後世に影響はなく、遅くともDQ1の時代までには絶えてしまっているだろう。

DQ1主人公の来歴


なぜ「ロトの血筋は残っていない(絶えている)」と考えるのか。理由は時系列上はDQ3の次の物語であるDQ1にある。DQ1において、主人公である若者は「伝説の勇者ロトの子孫」と呼ばれるが、その証拠があるわけではない。「ロトの血筋に連なる名門の生まれ」などとは決して呼ばれない。伝説の英雄の子孫(少なくとも王様はそう認めている)であるにも関わらず扱いがぞんざいである。

一つの思いつきなのだが、DQ1の時代において「ロトの子孫」というのは特定の血筋を意味するものではなく、アレフガルド人に共通するアイデンティティに過ぎないと考えると納得できる。現実世界においても、モンゴル人が自分たちのことを「チンギスハンの子孫」、あるいは神話時代に遡って「蒼き狼の子孫」と呼ぶニュアンスに近いと考える(なお神話の存在である「蒼き狼」が、しばしば「チンギスハン」を指しても使われる点は、後述するようにロトの子孫であるDQ1主人公自身も後世で「ロト」と呼ばれる描写と比較できて興味深い)。

DQ1のラダトームの町では、旅の果てに散っていった多くの「勇者」たちを悼むセリフが聞ける(リメイク版では墓のグラフィックも追加された)。彼らも「勇者」であったからには主人公と同じような形で旅立ったのではないかと思う。ゲーム内では確認できないが、彼らも王様からは「勇者ロトの血を引く者」と呼ばれて送り出されたのではないだろうか。

ただし、「ロトの子孫」を名乗るからにはそれにふさわしい勇敢さを示さなければならない。「お前がロトの子孫?何か証拠があるのか?」と話す人々に、失われていた秘宝である「ロトの印」を見せると途端に納得するのはそういう理由だろう。逆に、それだけで証明になるということは「ロトの子孫」という名乗りに事実関係は重要ではない証拠だとも言える。それに足るだけの功績を挙げられるのならば誰もが「ロトの子孫」なのだ。

ところで小説版などではDQ1主人公がいかにして「ロトの血」を引いたのかが語られていたりするのだが、個人的にはいかにも嘘っぽいというか作中作っぽいというか、現実でもありがちな「来歴不明の英雄に荒唐無稽な出生譚を後付けした」ものだと想像してしまう。実際にエニックスの刊行物(アイテム物語・知られざる伝説)でさえ矛盾が見られるので「正史」には程遠い。勇者ロトの血をどのように受け継いできたかというのは、DQ1の時代においてすら歴史ではなく神話の領域なのだ。

DQ2における「ロトの子孫」


前作の時代における「ロトの子孫」には「勇敢なるアレフガルド人」程度の意味しかないと考える理由を上記で語ったが、DQ2の時代になると「ロトの子孫」という言葉の意味合いが明確に変わる。この時代になると「ロトの子孫=竜王を討伐した勇者(DQ1主人公)の子孫」、つまり彼が建国したローレシア・サマルトリア・ムーンブルクの御三家の血筋という意味になっている。

DQ1から見たDQ3の時代が神話に近い過去の話なのに対し、DQ2から見たDQ1の時代は地続きの歴史である。DQ2の時代になると、初代ローレシア国王(DQ1主人公)こそが「ロト」であるかのような伝説の混交も見られる(「ローラの門」の由来など)。

この時代の「ロトの子孫」の扱いとして象徴的なのは「ロトの印」の扱いである。先祖が試練の果てに手に入れたアイテムだが、本作では実家の物置き(ローレシア城の宝物庫)から持ち出してくるだけの代物である。かつて虹のしずくの媒介になったような神秘的な力も見られず、ゲーム内での役割は「ロトの兜」の引換券に成り下がってしまった。

結び


DQシリーズは特別な血統の物語のように思われがちだが、実はそうではない」という話について、以前「一兵卒の底力」という記事を書いた。枕としてはDQ5のピピンから始まるが、ロト三部作にも話を広げている。

今回の記事を書くにあたって改めてロト三部作の物語を洗ってみたのだが、シリーズのキーワードのように扱われる「ロトの子孫」の概念が、根幹の部分で(文字通りの意味としては)否定できるように作られていたことに気づいて驚いた。今までは漠然と「仲間の誰かと結ばれて子供を残したんだろうな」と想像していたのだが、それすらも不可能なルート(女性勇者)ですら「正史」たりうるようになっている。

外伝作品とはいえDQ2アフターである『キャラバンハート』では、「ロトの子孫たちは姿を消した」とされる一方、エンディングでは「ロトの力を受け継ぐものはまだいる」「ロトの力は与えられるのではなく生まれ育てるもの」「(異世界人であるキーファも含めて)あなた方の中からロトの勇者と呼ばれるものが現れる」と言われる。初めてプレイした時は意味がよくわからなかったが、なんのことはない、DQ3からDQ1の時代に至るまでのリフレインではないか。勇者ロトと呼ばれたDQ3主人公は姿を消したが、ロトの力を受け継いだDQ1主人公が世界を再び救った。「ロト」の本質は血筋ではなく勇敢なる意志というのは、ロト三部作を通してしっかりと語られていたのだ。

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