小学校最後の春休みの思い出と、大人になってからのゲームの評価。
『スーパーマリオRPG』が発売された1996年3月、我々は小学校最後の春休みを謳歌していた。いや、既に卒業したのだから小学生ではないのかも知れないが、とにかくのびのびとした時間を過ごしていた。卒業と言っても、同級生の9割は同じ地元の公立校に進学する(特に、男子は私立中学に行く割合が極めて少なかった)のであり、別れの季節という寂しさはほとんどなかった。中学の入学式までは、あらゆるイベントから解放された自由な時間だったのだ。
スーパーマリオRPGは、期待の新作として発売前から大々的にプロモーションを行っていた。最初に発表された時の「あのマリオがRPGになる!」「任天堂とスクウェアがタッグを組む!」という報道は衝撃的だった。このコラボレーションの象徴として、マリオが週刊少年ジャンプのゲーム特集に登場し「マリオ本人にインタビューをする」という形でゲームの紹介を行ったりしていたのを思い出す。当時、スクウェアといえば週刊少年ジャンプなどの集英社の雑誌との関わりが強く、一方でマリオを擁する任天堂は小学館の児童誌を中心に宣伝していたので、さながら出版社の垣根を超えたようなお祭り感があったのである。
発売前には、15分ほどの映像を収めたビデオテープ(VHS)がジャンプ誌上でプレゼントされるという異例のプロモーションが行われた(懸賞だったか全員プレゼントだったか記憶が曖昧なのだが、とにかく大規模に配られたのは確かだ)。今ならPVをネット配信するというのは当たり前ではあるが、インターネットがまだ普及していない時代にそれを物理的に行ったのである。誌上で写真を見ただけではわかりにくい移動や戦闘のシステム、ミニゲームの数々などが紹介され、期待に胸を膨らませたものである。
とはいえ、僕自身が買ったのは割と後になってからのことだった気がする。友達の家で遊んで満足してしまったパターンである。ミニゲームやサブイベントをみんなで遊ぶのが楽しかった。例えば僕は音程を聞き取ったり楽譜を読むことができたので、ケロケロ湖の攻略に知恵を貸したりした。アクションでも難しい場面があったり、ラスボスや隠しボスは装備や戦術の工夫が求められるなど、ゲーム通してプレイすると結構難しいポイントも多いのだが、得意分野で協力し合って進めたり、ミニゲームで遊んだりするのがとても面白かったのだ(ただしスーパージャンプ100回だけは誰にもできなかった。一体何人のプレイヤーが達成したのだろうか)。
プレイで印象的だったのは隠し宝箱探し。「おしらせリング」というアイテムで、そのエリアにまだ空けていない隠し宝箱がある場合は教えてくれるのだが、「おしらせリングを入手した段階ではどうやっても空けられない宝箱」が序盤に存在する。その部屋にあるということだけはわかるので、絶対に見つからない宝箱を探して虱潰しにジャンプを繰り返すという無駄な時間を過ごしてしまった。なお、答えは「序盤のイベントで走っているキノピオの頭の上に乗り、扉から部屋を出る直前にその扉の上へジャンプする」という、知らなければ絶対気づかないもの。さすがにこれを知ったときはちょっと呆れてしまった。
とはいえ、全体的に隠し要素の多いゲームである。雑誌などで段階的に明かされると、それを取ってみようと再スタートするプレイヤーは多かった。もともと経験値9999でカンストするようなバランスでレアドロップ等の要素もなく、長期間一つのデータをやり込むようなRPGではなかったのだ(いくらでもやり込めるFFシリーズ等と比べると、この匙加減は英断だったかも知れない)。友達の家に遊びに行ったり、あるいは家に誰か(弟の友人含め)が遊びに来た時など、いつも誰かしらが本作のシナリオを進めていたような印象がある。断片的にゲーム内のあらゆる場面を見てきたので、遊んだ気になってしまっていたのだろう。
余談だが、前月には初代『ポケモン』が発売している。当時テレビでCMを流しまくっていたので知名度はあったが、この時点では同級生は誰もプレイしていなかった。「カジオーの溶鉱炉ってポケモンのコイキングに似てるよね」等と話を振っても全然通じなかった覚えがある。弟の友人たちは当時からやっていた気がするが、僕の年代の間でポケモンが流行るのは初夏頃であった。
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さて、思い出話はこれくらいにして、大人のゲーマー目線でレビューしてみよう。まずマリオが3D空間を自由に動けるようになったゲームは本作が初。クォータービューとしては8方向に、十字キー通りに移動できるというのも割と珍しいパターンのような気がする(『ソルスティス』『レディストーカー』等、大抵は45度ずらされる)。マップは基本的に斜め方向で構成されているので若干操作しづらい場面はあるので、斜め移動固定ボタンでも付けてくれれば良かったのにと思う一方、「斜め移動はちょっと難しい」ということを前提にした「ちくわブリッジ」や「パタパ隊ジャンプ」といったミニゲームもあるので、敢えてそうしたのだろう。
高低差のあるマップを、ジャンプを駆使して進むのが楽しい。戦闘はシンボルエンカウントだが、同じスクウェアの『ロマサガ』シリーズと比べると回避がしやすいのが特徴である。あちらは1グリッド単位でしか移動できなかったので精密な動きがしづらく、また2D見下ろしなので逃げ場のない場面が多かった。それに対して本作では細かく動ける上に得意のジャンプで切り抜けることもできる。どうせなら当たり方によって戦闘に影響があるようにしてもよかった(背後を取れば先制、上から踏めばいきなりダメージ等)と思う一方、背後を取られて不利になることもないので、これもシンプルで良かったのだろう。
グラフィックは「高精度の3DCGを2Dの一枚絵に落とし込む」という『スーパードンキーコング』方式。BGMはマリオシリーズからのアレンジが多いので任天堂系かと思いきやスクウェアの下村陽子。なるほど「それっぽい」BGM作りに定評がある方だ(『ライブ・ア・ライブ』では、各編ごとに全く毛色の違う曲を一人で手掛ける職人芸を披露している)。特にセンスを感じた音楽は通常戦闘BGMである。マイナーコードが一切無い(よね?)曲を戦闘に使ってしまう大胆さ。これのおかげで、ゲームを通して明るくてコミカルな雰囲気に包まれているのだ。
戦闘システムはタイミングよくボタンを押すアクションコマンドが特徴的だが、割と判定はゆるい上に、過度に頼らなくても十分にクリアできるバランス。おまけ要素としてちょうどいい。そう言えば僕たちより年下の世代で、他のRPGをプレイする時にやたらとボタンを連打したりする奴をよく見た(例えばポケモンの捕獲など)が、もしかして本作の影響だったりするのだろうか。MPに相当する「FP」がパーティ共有であることも独特。メンバーの入れ替えが自由だと回復専用の待機キャラが発生しがちだが、どうせ共有であればいろいろなキャラを使ってみたくもなる。
戦闘といえば、基本コマンドである通常攻撃(Aボタン)、スペシャル技(Yボタン)、アイテム(Xボタン)にそれぞれ特定のボタンを割り振るUIも面白い。スペシャル技であれば、その後の選択にYボタンを使うというわけだ。コマンド選択で十字キーを押す手間を省く(あるいは入力ミスを減らす)という意味で応用が利きそうなのだが他ではあまり見ないのが残念だ。
CMソングの「ロールプレイングゲーム、やったことない人もOK!」の通り、各種システムはシンプル。例えばキャラの武器や防具は、そのほとんどが単純な上位互換品に乗り換えるという形で更新することになる。当時のRPGとしては割と異例。敵のパラメータはスクウェアらしく細かく設定されており、属性攻撃や状態異常を使いこなすとかなり強いのだが、単純に力づくで攻めてもどうにでもなるバランスになっている。つまり雑にやってもクリアできるが、慣れればよりスムーズに楽しめるようになっている。情報を仕入れた2周目が面白いわけである。
本作のマリオは徹底して徹底して喋らず、その代わり身振り手振りで説明をする。この時代、既に「喋らない主人公」がメタ的にネタにされるようになったのだ。このあたりは前年に出た『クロノ・トリガー』とも通じる部分があるが、よりコミカルに強調されている。なお「主人公固定の3人パーティ」「随所に(しばしば必須イベントとして)ミニゲームが挿入される」という点で、本作と『クロノ・トリガー』は類似性が高い。さらにこれらは翌年の『FF7』にも通じる要素である(こちらの主人公は喋るが、「RPGにおける主人公の描写」に一石を投じたという意味では、やはり主人公という概念のメタ視という共通点があると思う)。
全体として、前述したような悪意のある隠し宝箱を除けばほとんど欠点のないゲームで、JRPGの歴史的にも重要な位置にあるので、ゲーム好きであれば素直におすすめできる。戦闘関連のわずらわしさ(稼ぎの強要や過剰エンカウント等)もないので快適に遊べるはずだ。
スーパーマリオRPGは、期待の新作として発売前から大々的にプロモーションを行っていた。最初に発表された時の「あのマリオがRPGになる!」「任天堂とスクウェアがタッグを組む!」という報道は衝撃的だった。このコラボレーションの象徴として、マリオが週刊少年ジャンプのゲーム特集に登場し「マリオ本人にインタビューをする」という形でゲームの紹介を行ったりしていたのを思い出す。当時、スクウェアといえば週刊少年ジャンプなどの集英社の雑誌との関わりが強く、一方でマリオを擁する任天堂は小学館の児童誌を中心に宣伝していたので、さながら出版社の垣根を超えたようなお祭り感があったのである。
発売前には、15分ほどの映像を収めたビデオテープ(VHS)がジャンプ誌上でプレゼントされるという異例のプロモーションが行われた(懸賞だったか全員プレゼントだったか記憶が曖昧なのだが、とにかく大規模に配られたのは確かだ)。今ならPVをネット配信するというのは当たり前ではあるが、インターネットがまだ普及していない時代にそれを物理的に行ったのである。誌上で写真を見ただけではわかりにくい移動や戦闘のシステム、ミニゲームの数々などが紹介され、期待に胸を膨らませたものである。
とはいえ、僕自身が買ったのは割と後になってからのことだった気がする。友達の家で遊んで満足してしまったパターンである。ミニゲームやサブイベントをみんなで遊ぶのが楽しかった。例えば僕は音程を聞き取ったり楽譜を読むことができたので、ケロケロ湖の攻略に知恵を貸したりした。アクションでも難しい場面があったり、ラスボスや隠しボスは装備や戦術の工夫が求められるなど、ゲーム通してプレイすると結構難しいポイントも多いのだが、得意分野で協力し合って進めたり、ミニゲームで遊んだりするのがとても面白かったのだ(ただしスーパージャンプ100回だけは誰にもできなかった。一体何人のプレイヤーが達成したのだろうか)。
プレイで印象的だったのは隠し宝箱探し。「おしらせリング」というアイテムで、そのエリアにまだ空けていない隠し宝箱がある場合は教えてくれるのだが、「おしらせリングを入手した段階ではどうやっても空けられない宝箱」が序盤に存在する。その部屋にあるということだけはわかるので、絶対に見つからない宝箱を探して虱潰しにジャンプを繰り返すという無駄な時間を過ごしてしまった。なお、答えは「序盤のイベントで走っているキノピオの頭の上に乗り、扉から部屋を出る直前にその扉の上へジャンプする」という、知らなければ絶対気づかないもの。さすがにこれを知ったときはちょっと呆れてしまった。
とはいえ、全体的に隠し要素の多いゲームである。雑誌などで段階的に明かされると、それを取ってみようと再スタートするプレイヤーは多かった。もともと経験値9999でカンストするようなバランスでレアドロップ等の要素もなく、長期間一つのデータをやり込むようなRPGではなかったのだ(いくらでもやり込めるFFシリーズ等と比べると、この匙加減は英断だったかも知れない)。友達の家に遊びに行ったり、あるいは家に誰か(弟の友人含め)が遊びに来た時など、いつも誰かしらが本作のシナリオを進めていたような印象がある。断片的にゲーム内のあらゆる場面を見てきたので、遊んだ気になってしまっていたのだろう。
余談だが、前月には初代『ポケモン』が発売している。当時テレビでCMを流しまくっていたので知名度はあったが、この時点では同級生は誰もプレイしていなかった。「カジオーの溶鉱炉ってポケモンのコイキングに似てるよね」等と話を振っても全然通じなかった覚えがある。弟の友人たちは当時からやっていた気がするが、僕の年代の間でポケモンが流行るのは初夏頃であった。
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さて、思い出話はこれくらいにして、大人のゲーマー目線でレビューしてみよう。まずマリオが3D空間を自由に動けるようになったゲームは本作が初。クォータービューとしては8方向に、十字キー通りに移動できるというのも割と珍しいパターンのような気がする(『ソルスティス』『レディストーカー』等、大抵は45度ずらされる)。マップは基本的に斜め方向で構成されているので若干操作しづらい場面はあるので、斜め移動固定ボタンでも付けてくれれば良かったのにと思う一方、「斜め移動はちょっと難しい」ということを前提にした「ちくわブリッジ」や「パタパ隊ジャンプ」といったミニゲームもあるので、敢えてそうしたのだろう。
高低差のあるマップを、ジャンプを駆使して進むのが楽しい。戦闘はシンボルエンカウントだが、同じスクウェアの『ロマサガ』シリーズと比べると回避がしやすいのが特徴である。あちらは1グリッド単位でしか移動できなかったので精密な動きがしづらく、また2D見下ろしなので逃げ場のない場面が多かった。それに対して本作では細かく動ける上に得意のジャンプで切り抜けることもできる。どうせなら当たり方によって戦闘に影響があるようにしてもよかった(背後を取れば先制、上から踏めばいきなりダメージ等)と思う一方、背後を取られて不利になることもないので、これもシンプルで良かったのだろう。
グラフィックは「高精度の3DCGを2Dの一枚絵に落とし込む」という『スーパードンキーコング』方式。BGMはマリオシリーズからのアレンジが多いので任天堂系かと思いきやスクウェアの下村陽子。なるほど「それっぽい」BGM作りに定評がある方だ(『ライブ・ア・ライブ』では、各編ごとに全く毛色の違う曲を一人で手掛ける職人芸を披露している)。特にセンスを感じた音楽は通常戦闘BGMである。マイナーコードが一切無い(よね?)曲を戦闘に使ってしまう大胆さ。これのおかげで、ゲームを通して明るくてコミカルな雰囲気に包まれているのだ。
戦闘システムはタイミングよくボタンを押すアクションコマンドが特徴的だが、割と判定はゆるい上に、過度に頼らなくても十分にクリアできるバランス。おまけ要素としてちょうどいい。そう言えば僕たちより年下の世代で、他のRPGをプレイする時にやたらとボタンを連打したりする奴をよく見た(例えばポケモンの捕獲など)が、もしかして本作の影響だったりするのだろうか。MPに相当する「FP」がパーティ共有であることも独特。メンバーの入れ替えが自由だと回復専用の待機キャラが発生しがちだが、どうせ共有であればいろいろなキャラを使ってみたくもなる。
戦闘といえば、基本コマンドである通常攻撃(Aボタン)、スペシャル技(Yボタン)、アイテム(Xボタン)にそれぞれ特定のボタンを割り振るUIも面白い。スペシャル技であれば、その後の選択にYボタンを使うというわけだ。コマンド選択で十字キーを押す手間を省く(あるいは入力ミスを減らす)という意味で応用が利きそうなのだが他ではあまり見ないのが残念だ。
CMソングの「ロールプレイングゲーム、やったことない人もOK!」の通り、各種システムはシンプル。例えばキャラの武器や防具は、そのほとんどが単純な上位互換品に乗り換えるという形で更新することになる。当時のRPGとしては割と異例。敵のパラメータはスクウェアらしく細かく設定されており、属性攻撃や状態異常を使いこなすとかなり強いのだが、単純に力づくで攻めてもどうにでもなるバランスになっている。つまり雑にやってもクリアできるが、慣れればよりスムーズに楽しめるようになっている。情報を仕入れた2周目が面白いわけである。
本作のマリオは徹底して徹底して喋らず、その代わり身振り手振りで説明をする。この時代、既に「喋らない主人公」がメタ的にネタにされるようになったのだ。このあたりは前年に出た『クロノ・トリガー』とも通じる部分があるが、よりコミカルに強調されている。なお「主人公固定の3人パーティ」「随所に(しばしば必須イベントとして)ミニゲームが挿入される」という点で、本作と『クロノ・トリガー』は類似性が高い。さらにこれらは翌年の『FF7』にも通じる要素である(こちらの主人公は喋るが、「RPGにおける主人公の描写」に一石を投じたという意味では、やはり主人公という概念のメタ視という共通点があると思う)。
全体として、前述したような悪意のある隠し宝箱を除けばほとんど欠点のないゲームで、JRPGの歴史的にも重要な位置にあるので、ゲーム好きであれば素直におすすめできる。戦闘関連のわずらわしさ(稼ぎの強要や過剰エンカウント等)もないので快適に遊べるはずだ。
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