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蕎麦とうどんの思い出
家庭や店で食べた蕎麦とうどんに関する思い出をつらつらと。

家庭における麺類


蕎麦は乾麺、うどんは生のやつをスーパーで買ってきて食べることが多かった(家族は太麺が好きで、乾麺で太いのはあまりなかった)。手軽な昼食として食べることが多く、具は卵くらい。弟は溶き卵が好きで、僕は黄身を崩さないのが好きだった。めんつゆは常備してあるので子供だけでも簡単に作れた。

もちろん余った天ぷらなどがあれば入れたりしたのだが、後から乗せるのではなくつゆで煮込んでいた気がする。そういえば天丼にするときもつゆで煮込んでいた。電子レンジがあまり信用できなかった(特に魚介を加熱すると破裂したりした)ので、余った天ぷらを美味しく食べるには「煮込む」というのが基本だった。このため、本来の天丼(揚げたての天ぷらをご飯に乗せる)というのを長らく知らなかったと思う。

鍋物にもうどんは欠かせなかった。我が家の鍋といえば味の付いたつゆで煮込む寄せ鍋。食事中に酒を飲むという文化がなかったので鍋は純然たる「ご飯のおかず」であり、「〆」という概念が存在しない(だいたい翌日以降も残ったのを食べる)ため、鍋におけるうどんはあくまでも「具」の一つ。ご飯と一緒に食べていた。さすがに今はこのような食べ方はしない。最初はおかずとして食べて、翌日にうどんを入れるような場合が多い。

近所のお店の麺類


生まれ育った流山市は古くからみりんの名産地で、お隣の野田市は醤油の名産地。現在もキッコーマンのお膝元であるこの土地では、古くから醤油とみりんを使った蕎麦屋が多かった土地、だと思う。我が家でよく利用していたのは流山駅の近くにある小西屋。アド街に登場したこともある名店である。かなりの老舗らしいのだが値段や雰囲気にも全く飾り気がない(むしろ地元民には単にボロい店だと思われている節がある)。近年は「蕎麦粉の量を減らして値段も安くしたC級メニュー」なんてものも扱い始めて、いい感じで意識の低いところがお気に入りだ。値段の割に量が多いので若者やガテン系に人気の店である。一方で、天ざるを頼むと蕎麦つゆとは別に薄めの天つゆを付けてくれるのは老舗らしい小技が光る。

さて、関東において「蕎麦屋」というのは「うどん屋」と同義で、蕎麦を看板に掲げる店にはうどんも置いてあるのが普通。小西屋もそのタイプの店である(関西人に言わせると、真っ黒な蕎麦つゆでうどんを食べるなんて信じられないらしいのだが)。

おすすめはカレー系。カレーうどんはもちろん、ご飯物ではカレー丼(和風)とカレーライス(洋風)が別個のメニューとして存在していたり、カレー風味の「変わりちゃんぽんうどん」なる変わり種もある。というより流山駅周辺でカレーを食べられる店はここくらいしかないような気がする(広小路にスープカレー屋ができたのだがすぐ潰れてしまった)。

今は行っていないらしいのだが、我が家ではよく出前をとっていた。蕎麦屋の出前といえば遅延の代名詞のように思っている失礼な輩がいるが、小西屋の出前は迅速そのもの。出前だと薬味のネギと七味唐辛子(かなり辛い!)を山ほど付けてくれるのが印象的だった。

昔は「上むら(かみむら)」という店も近くにあり、こちらは小西屋と比較して上品な店として知られていた(例えばお客さんに出すのならばこちらを選ぶべきだとされた)のだが、90年代末くらいに閉店してしまった。

年越しそば


我が家では年末年始は成東町(山武市)の母の実家(色々あって、今は僕が住んでいる)で過ごすのが通例(父も同行する、というか自分の実家以上にくつろぐ)。年越しそばは大晦日の夕食として食べる。基本は肉そばで、豚肉・長ねぎ・油揚げを煮込んだつゆを茹でた蕎麦にかけて、そこに好みの天ぷら(店で買ってくる)を乗せるというスタイル。

なお、母方の祖父母は蕎麦をこの形(肉はなくても、最低でもネギと油揚げを煮たつゆ)でしか食べようとしない。かけそばでは味気ないというし、夏であってもざる蕎麦は食べたがらない(冷たいそうめんやひやむぎは普通に食べるのだが)。なお、昔は節分に蕎麦を食べる習慣があったそうだ(今でも近隣の店舗では「節分そば」として売り出したりしている)。

セルフ方式との出会い


今はもう無くなってしまったのだが、吉祥寺の成蹊大学の向かい側に「吉祥天」という店があった。そのお店で初めてセルフ方式(最初に天ぷらなどのトッピングを選んで、麺を選んでお会計する)というものを知った。セルフといえば大抵うどん専門店なのだが、この吉祥天では蕎麦・うどん・ライスを選べた。いずれも1単位で100円という安さで学生で賑わっていた(今調べても情報が全く出てこないのが不思議、ラーメン生郎にインパクトを吸われたか)。

200x年代中頃から、全国チェーンの「はなまるうどん」が東京にも進出。多くの江戸っ子にとって、うどん専門店に入るのは初めてだったのではないかと思う。店内では中高年の客からの「えー、蕎麦は置いてないの?」という戸惑いの声を聞くことが多かった。東京では蕎麦屋にうどんがあるように、うどん屋に蕎麦があるのは当たり前だったのである。

僕は江戸式の蕎麦つゆで育ったのだが、さぬき系のあっさりしたつゆもすぐに馴染んだ(そういえば関西方面では、味のついた「つゆ」のことを「だし」と呼ぶらしいが、味付け前のダシ汁と紛らわしいので、この呼び方はあまり好きじゃない。なので一貫して「つゆ」と呼ぶ。そういえば関西風のうどんつゆを手軽に味わえるヒガシマルの「うどんスープ」という商品があるが、「うどんつゆ」でも「うどんだし」でもなく「うどんスープ」と敢えて横文字にしているのは、東西での用語の違いを考慮したものなんだろうな)。

そういえば何という店か忘れたが、「蕎麦は関東風のつゆ、うどんは関西風のつゆ」で出す店があり、同行者(確か生粋の江戸っ子)が「うどんを蕎麦のつゆでお願いします」と注文していたことがあったのを思い出す。店もしっかり対応してくれた。僕はうどんには関西風が合うと思っているのだが、昔ながらの地元の味を求める客も大事にする良い店だと思った。

(以下、なにか思い付いたら追記するかも)

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