ドラゴンクエスト5における重要な選択肢について、当時のプレイヤーが抱いていたであろう印象とか、そういう話。
「もしフローラと結婚したらゲームオーバーになったりしないの?」
僕が高校生くらいの頃(西暦2000年くらい)、バイト先の兄ちゃんとゲームの話で盛り上がった時、このような質問が飛び出してきた。寝耳に水というか完全に想定外の質問だった。僕がDQ5をプレイした時、ビアンカとフローラは対等な選択肢であると信じ込んでいた。雑誌や攻略本で事前に情報を得ていたし、そうでなくても遊んでいた同級生は、フローラを選んだらゲームが進まないなどとは想像もしていなかったはずだ。ドラゴンクエストというブランドは「安心してプレイできる国民的RPG」という評価が揺るぎないものとなっており、プレイヤーの選択次第でシナリオが「詰む」状況が発生するとは想像もしていなかったのである。
しかしバイト先の兄ちゃんは違う。僕より10歳以上年上で、プレイヤーが選択を誤るとクリアすらできなくなる不親切なRPGにも触れてきたのだろう。また、シナリオを真面目に追っていれば、勇者が産まれたのは主人公と妻の両方の血統のおかげだということがわかる。逆に言えば今の妻を選んでいなければ子供に天空の血が混じらず、勇者は産まれないとも読める(実際はビアンカとフローラは両方とも天空の血を引いているので、どちらにせよ勇者は産まれるが、選ばなかった方の妻もそうだったのかはわからない)。つまり「正しい選択肢」であるビアンカを選んだからこそ、新たな天空の勇者が産まれて魔王ミルドラースを倒すことができたと読み取ったのである。
余談だが、厳密には本作では(フラグ的にも物語的にも)伝説の勇者はいなくても問題ない。勇者も天空の装備も、一切使わずにクリアすることが可能である。とはいえ前作(天空装備の勇者がいないと天空城に行くことすらできない)のプレイヤーなら当然ミスリードするだろうし、それ以前に戦力として非常に優秀なので敢えて使わない理由もない。勇者の存在が必須ではない上に、ビアンカとフローラが2人とも天空の血を引いているという設定はご都合主義でしかないので、もしかしたら開発中は「フローラは勇者の子孫ではない=産まれる子供も勇者ではない(それでも強い味方だし愛する家族には違いない)」なんて展開を考えていた可能性もあるのではなかろうか。「父であるパパスが追い求めていた勇者はついに現れなかったが、それでも世界に平和をもたらすことができた。本当に大事なのは過去の伝説ではなく家族や仲間との絆だ!」という結末はifルートとしては悪くない(なお、「勇者」の相対化こそがDQシリーズの裏テーマだ、的なことを以前別の記事でも書いている)。
閑話休題。実際に、ゲーム内でもフローラとの結婚は「間違った選択肢」であることを匂わせる描写が多い。婚約前夜のビアンカ(眠れない)とフローラ(ぐっすり寝ている)の振る舞いからも、明らかにプレイヤーをビアンカと結婚させることに導いている。それに逆らって敢えてフローラを選んだ後もプレイヤーには試練が待ち受ける。まずレベルが引き継がれるビアンカに対してフローラはLv1。これ自体は仲間モンスターも同様なので気にならないが、SFC版ではLv10でカンストしてしまう。仲間モンスターは低レベルでも十分強くなるキャラはいるが、フローラに関しては普通のLv10相当のまま成長が一旦止まってしまうのである(石化解除後に上限が開放される仕組み)。しかも賢さが低くないにも関わらず作戦(命令)を完全に無視して行動する。人間キャラの中でも明らかに異質な特徴を持っている。
フローラを選んだ場合でも、遅くともグランバニアに向かう頃には「もしかして地雷ルートを踏んでしまったのだろうか」という疑念を抱き、セーブデータを巻き戻したという人は少なくなかったかも知れない。なにせ大事な選択の前には教会でお祈り(セーブ)しておけという助言をしつこいほど聞かされるのだ。最低でもバックアップは取っておいてあるはず。フローラルートはクリア後のお楽しみにして、まずは素直にビアンカでプレイしようというのがゲーマーとして妥当な判断であり、制作側もそれを想定していたように思える。
それでもフローラを信じてシナリオを進めたプレイヤーには、ルドマンからの差し入れというご褒美が待っている。再加入したフローラは、ビアンカでは覚えないイオナズンによって強力な全体攻撃が可能になる(SFC版は山彦の帽子があるので最強の呪文アタッカーになれる)。
まとめると、SFC版のフローラは「明らかに王道から外れた選択で、最初は弱いどころかプレイヤーを不安させる要素がてんこ盛りだが、後々に大きなリターンが返ってくる」というゲームデザインである。リメイク版はさらに報酬が豪華になっているが、「フローラは間違った選択肢ではない」ということが自明になってしまったことも合わせると、ややリターンが過剰気味で(ビアンカに対して)釣り合いが取れていないように思える。特にDS版以降のデボラに至ってはあからさまなボーナスキャラである(フローラ同様の特典に加えて専用装備は言うに及ばず、素早い上に魔神の金槌を装備できる唯一のキャラで、本作において他にろくな手段がないメタル狩りの効率が顕著に上がる)。
---
さて、以上はゲームバランスや見せ方という面での評価だが、実際に自分が遊ぶ時はどうしているかというと、特に誰かを推しているということはない。効率プレイだとフローラ(デボラ)一択だが、ストーリー面では特に誰かに思い入れがあるわけではない。様々な選択肢によって台詞の違いやロールプレイを楽しむのもゲームである。
ただ、感情移入してロールプレイするにしても「ビアンカを選ばないのはかわいそう」という主張には同意しかねる。確かにプレイヤーがビアンカ以外を選んだ場合、彼女はエンディングまで独身のままだが、ゲームで描かれるのはせいぜい30代前半まで。そこから先の人生は誰にもわからないのだ。昔の想い人の将来の心配など大きなお世話なのである。
僕が高校生くらいの頃(西暦2000年くらい)、バイト先の兄ちゃんとゲームの話で盛り上がった時、このような質問が飛び出してきた。寝耳に水というか完全に想定外の質問だった。僕がDQ5をプレイした時、ビアンカとフローラは対等な選択肢であると信じ込んでいた。雑誌や攻略本で事前に情報を得ていたし、そうでなくても遊んでいた同級生は、フローラを選んだらゲームが進まないなどとは想像もしていなかったはずだ。ドラゴンクエストというブランドは「安心してプレイできる国民的RPG」という評価が揺るぎないものとなっており、プレイヤーの選択次第でシナリオが「詰む」状況が発生するとは想像もしていなかったのである。
しかしバイト先の兄ちゃんは違う。僕より10歳以上年上で、プレイヤーが選択を誤るとクリアすらできなくなる不親切なRPGにも触れてきたのだろう。また、シナリオを真面目に追っていれば、勇者が産まれたのは主人公と妻の両方の血統のおかげだということがわかる。逆に言えば今の妻を選んでいなければ子供に天空の血が混じらず、勇者は産まれないとも読める(実際はビアンカとフローラは両方とも天空の血を引いているので、どちらにせよ勇者は産まれるが、選ばなかった方の妻もそうだったのかはわからない)。つまり「正しい選択肢」であるビアンカを選んだからこそ、新たな天空の勇者が産まれて魔王ミルドラースを倒すことができたと読み取ったのである。
余談だが、厳密には本作では(フラグ的にも物語的にも)伝説の勇者はいなくても問題ない。勇者も天空の装備も、一切使わずにクリアすることが可能である。とはいえ前作(天空装備の勇者がいないと天空城に行くことすらできない)のプレイヤーなら当然ミスリードするだろうし、それ以前に戦力として非常に優秀なので敢えて使わない理由もない。勇者の存在が必須ではない上に、ビアンカとフローラが2人とも天空の血を引いているという設定はご都合主義でしかないので、もしかしたら開発中は「フローラは勇者の子孫ではない=産まれる子供も勇者ではない(それでも強い味方だし愛する家族には違いない)」なんて展開を考えていた可能性もあるのではなかろうか。「父であるパパスが追い求めていた勇者はついに現れなかったが、それでも世界に平和をもたらすことができた。本当に大事なのは過去の伝説ではなく家族や仲間との絆だ!」という結末はifルートとしては悪くない(なお、「勇者」の相対化こそがDQシリーズの裏テーマだ、的なことを以前別の記事でも書いている)。
閑話休題。実際に、ゲーム内でもフローラとの結婚は「間違った選択肢」であることを匂わせる描写が多い。婚約前夜のビアンカ(眠れない)とフローラ(ぐっすり寝ている)の振る舞いからも、明らかにプレイヤーをビアンカと結婚させることに導いている。それに逆らって敢えてフローラを選んだ後もプレイヤーには試練が待ち受ける。まずレベルが引き継がれるビアンカに対してフローラはLv1。これ自体は仲間モンスターも同様なので気にならないが、SFC版ではLv10でカンストしてしまう。仲間モンスターは低レベルでも十分強くなるキャラはいるが、フローラに関しては普通のLv10相当のまま成長が一旦止まってしまうのである(石化解除後に上限が開放される仕組み)。しかも賢さが低くないにも関わらず作戦(命令)を完全に無視して行動する。人間キャラの中でも明らかに異質な特徴を持っている。
フローラを選んだ場合でも、遅くともグランバニアに向かう頃には「もしかして地雷ルートを踏んでしまったのだろうか」という疑念を抱き、セーブデータを巻き戻したという人は少なくなかったかも知れない。なにせ大事な選択の前には教会でお祈り(セーブ)しておけという助言をしつこいほど聞かされるのだ。最低でもバックアップは取っておいてあるはず。フローラルートはクリア後のお楽しみにして、まずは素直にビアンカでプレイしようというのがゲーマーとして妥当な判断であり、制作側もそれを想定していたように思える。
それでもフローラを信じてシナリオを進めたプレイヤーには、ルドマンからの差し入れというご褒美が待っている。再加入したフローラは、ビアンカでは覚えないイオナズンによって強力な全体攻撃が可能になる(SFC版は山彦の帽子があるので最強の呪文アタッカーになれる)。
まとめると、SFC版のフローラは「明らかに王道から外れた選択で、最初は弱いどころかプレイヤーを不安させる要素がてんこ盛りだが、後々に大きなリターンが返ってくる」というゲームデザインである。リメイク版はさらに報酬が豪華になっているが、「フローラは間違った選択肢ではない」ということが自明になってしまったことも合わせると、ややリターンが過剰気味で(ビアンカに対して)釣り合いが取れていないように思える。特にDS版以降のデボラに至ってはあからさまなボーナスキャラである(フローラ同様の特典に加えて専用装備は言うに及ばず、素早い上に魔神の金槌を装備できる唯一のキャラで、本作において他にろくな手段がないメタル狩りの効率が顕著に上がる)。
---
さて、以上はゲームバランスや見せ方という面での評価だが、実際に自分が遊ぶ時はどうしているかというと、特に誰かを推しているということはない。効率プレイだとフローラ(デボラ)一択だが、ストーリー面では特に誰かに思い入れがあるわけではない。様々な選択肢によって台詞の違いやロールプレイを楽しむのもゲームである。
ただ、感情移入してロールプレイするにしても「ビアンカを選ばないのはかわいそう」という主張には同意しかねる。確かにプレイヤーがビアンカ以外を選んだ場合、彼女はエンディングまで独身のままだが、ゲームで描かれるのはせいぜい30代前半まで。そこから先の人生は誰にもわからないのだ。昔の想い人の将来の心配など大きなお世話なのである。
コメントの投稿
トラックバック
| トラックバック URL |
| ホーム |


