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ポケモンシリーズ屈指の胸糞イベントを語る
シリーズと言いつつ、第五・第六・第八世代は現時点で全くと言っていいほどプレイしていないのだが。この記事で扱うのは『ポケモンカードGB』と『ポケモン金銀(クリスタル)』の話。20年以上前のゲームに今さら言うのもアレだが、どこかで言語化しておくべきだと思ったので。

ポケモンカードGB:エネルギーカード乞食のクソガキ


奴はファイトクラブのロビーにいる。カードを始めたばかりでエネルギーカード不足に悩んでいるようだ。そして、こちらがある程度の実績と資産(メダル3個とカード200枚がフラグっぽい)を持っていることに気づくや否や、「デッキに入ってないエネルギーカードを全部ちょうだい!」という、ふざけた要求をしてくる。

確かにエネルギーカード(その元ネタである、MTGの土地カードも)というのは、初心者は不足するがパックを剥きまくる現役プレイヤーは余りまくるものである。よって、カードで遊ぶコミュニティにおいては初心者に対する譲渡というのは昔からよく行われているはずである。渡す側は余ってる上に価値も無いカードを渡すことで仲間を得られる可能性があり、貰う側も1から集めるとすれば結構なコストがかかるものをただでもらえる。まさにWin-Winの関係である。

しかし例のイベントについては話が異なる。まずカードを要求する側が非常識な要求をし、それが受け入れられなければ立ち去る(ゲーム的には、限定カードをもらう機会を失う)という展開だ。ノーヒントで遭遇したらどちらを選んでも非常に不快な結果となることは間違いない。

なぜスタッフはこのようなイベントを入れたのだろう。ポケモンカードGBというゲームには、現実のカードの普及を推進する役割もあるはずなのに、リアルですらめったに見かけないタイプのクソ野郎をゲームに実装し、挙句の果てに何のアフターフォローもない(要求を断った場合はもちろん、受け入れても二度と姿を見せない)。たかがゲームですらヘイトが溜まり、現実では絶対許されない。実際に遭遇したらカードゲーム自体が嫌いになってもおかしくはない。

このイベントによる被害には抜け道も存在する(具体的にはこちらを参照)。まず、要求されるのはデッキ外のエネルギーのみなので、あらかじめダミーデッキにエネルギーを大量投入すれば最低1枚渡すだけで済む。また、隠しイベント的だがエネルギーを失ったプレイヤー向けの救済措置もあり、活用すれば基本エネルギーであれば0枚からでも各50枚(これだけあれば十分だろう)まで増やせる。もちろんノーヒントでは気づかないのが普通。こまめにセーブしていれば救われるかも知れないが、そもそも「断ったらその時点でイベント終了」ということに気づくとは思えない(カード自体は、後にチャレンジカップで入手可能だがかなり面倒)。

仮に、このイベントが「基本エネルギーを各10枚ずつ要求、全部受け取るまでイベントは継続する」のような形なら、結果的にプレイヤーが消費するカードが増えたとしても理不尽な印象はなかったと思うのだ。

ポケモン金銀:ロケット団の雑魚どもにすら立ち向かえないクソ雑魚主人公


チョウジタウンの北、いかりの湖へと向かう43番道路のゲートに奴らはいる。奴らとは2人組のロケット団で、ゲートに入るや否や問答無用で通行料として1000円を要求する。所持金が1000円に満たない場合はすべてを要求する(0円なら当然取られないがセリフは変わらない)。あろうことか主人公は奴らに抗うことなく、言われるがままに要求される金額を支払ってしまう

このイベントに遭遇した時「は?」と思った。ロケット団は一般人に恐れられているかも知れないが、プレイヤーが操る主人公は既に何度となく戦闘してそれらを撃破している。見た限り単なる下っ端の雑魚である。なぜこの場では大人しく従うのだろうか。ポケモンシリーズの主人公がプレイヤーの意思に明確に逆らい、なおかつそれに対するシナリオ上の合理的な理由が全く思いつかない初のケースだった。

もっとも、この時点での1000円ごときは端金に過ぎない。しかしいくら端金だろうが一方的かつ理不尽な理由で奪われるのは頭に来る。なぜ主人公は大人しく受け入れたのだろうか。おまけに、そのロケット団員らに対してはリベンジの機会すら与えられない(以降は何度となく下っ端と戦うので、あるいは彼らもそこに紛れていたのかも知れないが、プレイヤーとしてそれを実感する機会はない)。

見出しにも「クソ雑魚主人公」と書いたが、徴収するロケット団員よりもむしろ主人公(無論、そのようなイベントとして設定した製作者)に対して呆れたイベントであった。初代の主人公の無敵っぷり(この記事の余談部分で書いた)に比べてなんと情けないことか。金銀クリスタルは何度も再プレイしているが、このイベントは割とマジで大嫌いなのでわざわざ迂回して草むらを歩いている

まとめ


上記の2例を振り返ると、自分が嫌いなパターンが見えてくる。「主人公が理不尽な目に遭う」かつ「その主人公は立場的にも道義的にもその理不尽を跳ね返すことができるのに、それをしない(その選択をプレイヤーが取ることができない)」という例に対して非常に不快感を覚えるようだ(2つの例で言えば、クソガキを諭したりロケット団員をぶちのめすことはできるはずだ)。

RPGをプレイして主人公を演じる以上、その程度やスタイルはともかくとして「強い主人公」というアイコンは必須だと思われる。時には負けるかも知れないが、そのような場合はリベンジの機会を設けるべきだし、まして戦わない理由がない相手と戦う選択肢すら出ないのは興ざめにも程がある

最終的なカタルシスのために、プレイヤーに対してストレスや不快感を与えるのなら納得だが、上記のような些細なイベントでプレイヤーを無駄に不快にさせるのは百害あって一利なしで、シナリオにおける反面教師の一つだと、僕は強く思うのである。

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