fc2ブログ
本とゲームのレビューと雑文が中心。

お好み焼きの自分史
書籍「お好み焼きの物語」を読んだ。これをきっかけに、自分の中でのお好み焼きにまつわる思い出を書き残したくなった。
1983年生まれで、生まれ育ちも千葉県の僕にとって、「お好み焼き」についての最も古い記憶は「縁日の屋台で売っている食べ物」である。身近にお好み焼き屋は無く、駄菓子屋はあってもお好み焼きの鉄板はなかった。家庭でもホットプレートを導入するまでは作られることはなかったと思う。そのために日常にお好み焼きは存在せず、非日常・ハレの日の食べ物だったのである。

1990年代の初頭、お好み焼きブームみたいなものがあったような気がする。家の近くにもお好み焼き屋ができて家族で食べに行った。何度も行った店だが現存せず、詳しい場所や店名すら覚えていない(南流山のあたりだったはず)。微かに覚えているのは世界各国の料理をテーマにしたお好み焼きがメニューに並んでいたこと。キムチ入りのコーリャン(「コリアン」のことだろうが、その店ではこう表記していた)焼き、カレー入りのインド焼き、トマトとチーズのイタリア焼き、変わったところでは牛乳・チーズ・白飯の入ったドリア風の「フランス焼き」なんてのもあった。外で食べたのはこの店に限らず、家族で門前仲町(父の勤務先と近かった)までもんじゃ焼きを食べに行った覚えもある。

程なくして、家庭用のホットプレートというものが登場。我が家でも購入した。お好み焼きや焼き肉を家庭でも気軽に味わえるという触れ込みだったはず。こうして、お好み焼きは家でも気軽に作れる料理となった。主に休日の昼食として作られることが多かった。具はキャベツとウィンナーくらいだったような気がするが喜んで食べた。なお、焼肉については夕食に食べるのが普通で、一緒に焼きそばも作ったりしたものだ。

なお、お好み焼きをフライパンで作ったりしたことは無かったような気がする。ホットプレートによって、あくまでも「家族で食卓を囲みながら作れる」という舞台装置ありきの料理だったのである。

専門店の紹介としても家庭料理としても、テレビでお好み焼き特集が組まれるようになったのも同時期だったような気がする。「関東式では箸で食べるが、関西式ではヘラで食べる」みたいな知識は当時テレビで知ったはず。子供向け料理番組である「ひとりでできるもん!」でお好み焼きが紹介され、作り方を真似てみたような覚えもある。

ところで「お好み焼きにマヨネーズ」というのは今となってはデフォルトだが、昔の地元の屋台では使わなかったような記憶がある(たこ焼きも同様)。家のお好み焼きで使うようになったのも、何かのテレビで紹介されたのがきっかけだったように思う。テレビを見るまで気づかなかったということは屋台のお好み焼きでもマヨネーズは使っていなかったということであり、少なくとも僕の生活圏においては、当初が無かったものが自然伝搬して定着したもののような気がする。

時は流れて東京に出るようになり彼女もできたりすると、デートでお好み焼き屋に誘われたりもした。考えてみれば、お好み焼きを卓上の鉄板で焼くと服や髪が油臭くなってしまうので男性のほうからは誘いにくい。一方で、女性の側から見ればオシャレに無頓着な男を誘う分には全く問題はなく、値段も安いので気軽に誘えるという面はあるのだろう。一緒に生地を焼くというのは「ひっくり返す」技量の見せ場でもあり、また調理を通して所帯ごっこを演じる場でもある(これは冒頭の「お好み焼きの物語」でも、花街におけるお好み焼き屋の扱いとして紹介されている)ので、デートスポットとしてはなかなかおいしい場所ではないか。

なお、母にとってのお好み焼きはあくまでそれ自体で完結した料理であるようだが、祖母(母の母)にとってはおかず扱いである。生粋の千葉県民(ルーツとしては東総あたり)の祖母だがお好み焼きはご飯のおかずなのである!祖父(同地域)も異論を挟まない!!祖母のお好み焼きの特徴としては、生地に千切りキャベツや干しエビを混ぜたもので、肉やエビのむき身のような存在感のある具はない。また、青のりはかけても鰹節はかけない、ソースはかけてもマヨネーズはかけない。ホットプレートではなくフライパンで焼く(つまり、ごく日常的な料理)という特徴がある。

以上、何か思い出したらまた追記するかも。

コメントの投稿

 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 【かけるのブログ】. all rights reserved.