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「ウィザードリィ外伝」と初代「ポケモン」
初代ポケモン発売から遡ること5年以上、そのコンセプトを実現していたゲームボーイソフトがあった。

(現状、いまいちまとまりのない記事だが自分用のメモも兼ねて)

書籍「ゲームフリーク 遊びの世界標準を塗り替えるクリエイティブ集団」によると、田尻氏が通信ケーブルによる「情報のやりとり」を取り入れたゲームのアイディアを思いついたのは1990年の事であるらしい。確かにその頃は、田尻氏の言うとおりゲームボーイの通信ケーブルはほぼ単純な対戦プレイにしか使われていなかったはずだ。携帯ゲーム機を繋げて、人から人へと何かが移動するという可能性は新しい思いつきであったのだろう。

だが、それからわずか1年後である1991年10月に「ウィザードリィ外伝」が発売されている。基本的なシステムはファミコン版シナリオ3をベースにしながらも、通信ケーブルによるキャラクターの転送(所持する金品を含む)に対応している。さらに、商店の陳列棚をコンプリートする(つまり、全てのアイテムを入手して商店に売る)ことが目標とされており、達成すると次回作との連動に関わるスペシャルなアイテムを入手できる。ゲームボーイ発売からわずか1年半後に、ポケモン以後に乱発されることになるシステムを備えたゲームが生まれていたのだ。

(余談だが、93年9月に発売されたWiz外伝3では既にプレイヤーキャラ同士の通信対戦も実装されている。しかしシステムとの相性が悪いためにまともに遊べたものであるとは思えず、その点はほぼ評価されていない。)

ウィザードリィにおいて、キャラクターとアイテムは非常に重要な存在である。パーティが全滅したらセーブ時に巻き戻るわけでもなく、拠点に戻って復活するわけでもなく、ダンジョン内に置き去りとなる。救出したければ別のメンバーによる救助隊を組まなくてはならない。そもそも全滅した時点で喪失判定があり、所持品もろとも完全に消滅してしまうことだってある(あと蘇生失敗での喪失もあるが、実際は稀なケースである)。アイテムに関しても、店で購入できるのはごく初歩のもののみで、大抵の武器や防具はランダムドロップに頼らないと入手することができない(何度でも手に入る固定入手アイテムが救済措置になっている場合もあるけど)。そのようなシステムなので、キャラクターを送り込んで友達の窮地を救う、あるいは余った装備品を分け合ってお互いの戦力を強化するという状況が発生し、ドラマが生まれる。

なおキャラクターを転送するというのは、元々のパソコン版であってもディスクのやり取りによって可能(実際、矢野徹氏の「ウィザードリィ日記」では、作家仲間のキャラを助っ人にしている)で、ファミコン版でもターボファイルという外部記憶装置に対応しているので同様のことはできる。だが、ゲームボーイと通信ケーブルであればより手軽に行うことができるという長所がある。ディスクや装置を介さないので、ケーブルを伝わってキャラクター自身が移動するという自然なイメージも抱ける。そしてコピーではなく転送、つまり送り元からはそのキャラは消えてしまうのは非常に重要な違いである(ターボファイルは読み書き自由だった)。ポケモンの通信交換と通じる部分は多い。

アイテムコンプリートの要素に関しても、商店の陳列棚にはわざわざ(まだ入っていないアイテムのための)空欄が表示されるようになったために、従来よりもコンプリートへの意欲が掻き立てられる。ポケモン図鑑のように詳細な説明が見られるようになったりはしないが、収集要素としての位置づけはかなり似ていると言える。

ポケモンに見られるキャラクターの「通信交換」、及びそれを促すための基本的な要素に関しては、既に大部分が「Wiz外伝」で完成している。それもポケモン発売の5年以上も前に、である。にもかかわらず、一般にその事はポケモンファンの間で知られていない。インタビューなどで関係者が言及したという話も聞いたことがない。その前段階である「交換したい」という動機付けである「ドラゴンクエストの不思議な帽子」の件はあらゆる場面で語られているにも関わらず。

手元の資料によると「ウィザードリィ友の会 総集編」(1991年3月)では既に「ゲームボーイ版」に触れられている(この時点では「外伝」というタイトルは無かった模様)。しかも誌面で発表した情報に対する読者投稿というフィードバックの形なので、実際の発表はそれよりずっと早かっただろう。企画としてのスタートはいつ頃だったのだろう。もしかすると田尻氏がポケモンの原型を思い描いていた頃と一致するのかも知れない(余談だが、上記の本では杉森建氏もアンソロ漫画を執筆している。氏もまたWizのプレイヤーだったようだ)。

田尻氏は、元々「ファミコン必勝本(後の「ヒッポンスーパー」)」のライターを勤めていた。同誌ではアスキー製のコンシューマ版ウィザードリィを強くプッシュしていたことで知られるので、この時点で接点はあるはずなのだ。後に「外伝」として発売されるゲームボーイ版ウィザードリィについての情報も一般よりも早く入ってきたはずだろう。むしろ「交換」のアイディアをあちらの開発者と直接やりとりしていた可能性すら有り得るのだが、今のところ田尻氏とWiz外伝を直接結びつける手がかりは得られていない。

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余談だが、田尻氏はポケモンの企画書の中で「ウィザードリィ」に触れている。「田尻智 ポケモンを創った男」にも掲載されている「近未来ストーリー」(仮想プレイヤーの視点でゲーム内容を紹介したもの)の中で、「このゲームではカリスマ度を高めて怪獣と友達になる」「カリスマ度はウィザードリィにあるけど日本のゲームではあまり活用されていなかった」というような事が書かれている。なお実際のウィザードリィには(少なくともこれが書かれた1990年当時のシリーズ作品では)そのようなパラメータは存在しない。敢えて言うなら「Wiz5」におけるNPCとの会話システムで、うかつな行動を取るとアイテムが得られなかったり戦闘に突入するというのが似ているか。

ちなみに、上記の文章の中では「戦闘を通じて生け捕る」ことも可能だとされているが、当初の想定ではあくまでもサブであり、「カリスマ度を高めて友達になる」ことに主眼が置かれていたようだ。企画段階ではゲーム自体の雰囲気は殺伐としているような感じなのだが、「ポケモン」でもシステム上の再現は不完全にしてもしばしば取り上げられる(むしろ初代よりも以降の作品にて目立つだろう)「友達になる」というコンセプトが存在していたことは記憶しておきたいポイントであろう。

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