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書評:風よ。龍に届いているか
ベニー松山によるウィザードリィ・サーガの完結編。読んだのは下記のリンクにある復刻版。




隣り合わせの灰と青春』『不死王』に続く、3本目のウィザードリィ小説である。

まず具体的な内容に触れる前に、本作のベースとなったウィザードリィのシナリオ3『リルガミンの遺産』に触れねばならない。ファミコンなどでは『2』として発売されたタイトルである。このシナリオの概要は「異変の原因を突き止める力を持つ秘宝をダンジョンから持ち帰る」である。異変そのものの解決ではなく、秘宝を持ち帰った時点でエンドとなる。プレイヤーにはその原因が何であるのか、またいかなる解決策があるのかについて不明のままである。何とも煮え切らない感覚が残るラストではないだろうか。

加えて本作では、過去の出来事としてウィザードリィのシナリオ2(ファミコン版では3)『ダイヤモンドの騎士』の内容にも触れている。こちらのシナリオを一言で表せば「ラスボス討伐後の後始末」である。ゲームではプロローグの部分で諸悪の根元は滅ぼされており、それによって散逸した秘宝を回収するというのがゲームの大筋である。キーアイテムであるダイヤモンドの装備の数々はモンスターとなり中ボスとして戦うことになるが、肝心のクリアアイテムに関しては実にあっさりと入手できてしまう。プロローグで死んだラスボスは伏線ではなく死んだままである。ファミコン版では取って付けたような隠しボスがいるとはいえ物語の大筋には影響を与えない。

これら2作の共通点は、背景ストーリーに何らかの邪悪な存在がありながらも、プレイヤーがそれらと対峙する機会が無いという点だ。もっと直接的に言えば「ラスボスがいないRPG」なのである。実際2作とも、JRPGにおいてはもはや欠くことのできない存在である(あるいは、欠くという発想自体が存在し得ないかも知れない)ラスボスがいない。必ず倒さなければならないボスはいるが、せいぜい中ボスであり、撃破そのものよりも撃破後の探索のほうが難易度は遥かに高い。そう、名実共にラスボスが存在しないのだ。

まずゲーム原作の小説として本作を評価できる点は、(あくまで日本人ゲーマーの感覚としては)煮え切らないシナリオに結末を与えた功績である。これら2作における見えないラスボスに姿を与え、設定上でも結びつけて、物語のクライマックスとして持ってくる構成は、(ゲーム原作者に対して)僭越ながら「不完全」だった原作シナリオを完成させる快挙と言ってしまおう。

もちろんこの小説はそれだけではない。原作ゲームでいえばエンディング直前から始まるにも関わらず相当のボリュームを誇る。目的を果たすまで、いや目的そのものに気付くまでの過程にかなりの文章を割いている。それは血生臭い戦闘であり、切ない恋愛であり、時には妙にリアルな登山の場面だったりする。敵への攻撃や自らの活性に「酸素」の作用を強く意識するのはSF小説のようですらある(一応、魔法の原理などに関わるので生理学的な知識は近代レベルまで知られているようだ)。原作ゲーム付きの、いわば借り物の物語によくぞここまで要素を詰め込めたものだと思う。もちろんベニー氏お得意の、ゲーム内の設定をあらゆる形で物語に活かすアイディアも絶妙で、ゲーム小説としても優れていることは言うまでもない。エンターテインメントの幕の内弁当みたいな小説である。ただ、これは書籍としてまとめて読んだから単純に楽しめたのであり、雑誌で連載を追っていた読者は「いつになったらWizになるんだよ」と思ったかも知れない。そして書籍であっても読み手の興味次第では楽しみきれない部分はどうしても出るだろう。そのあたりは仕方ない部分か。

ファンタジー、それもハイファンタジー(異世界もの)として気になる部分はある。例えば当たり前のようにメートル法が使われていたり(これが尺貫法やヤードポンド法であれば、身体感覚に基づく単位として異世界で使われていても違和感は無かったであろう。もっとも前述の酸素の件もあるし、天文学も相当発達しているようなので、気候や自転・公転の周期からして我々の地球とさほど変わらないような惑星の大きさを基準とした単位体系が確立していたからといっても不思議では無いのかも知れないが、単純にファンタジーとして読む限りは気になった点である)、アルファベット及び英語が明確に存在していることを示す描写だ。もっともここまで気にするのは擦れた読者の感覚なのかも知れないが、帯の煽りで『指輪物語』(これは原作からして架空の原典を英訳したという設定であり、言語や文化圏に固有する表現は極力抑えられている)に言及するのであれば、ちょっとは気を遣って欲しかったと思うポイントではある。もっとも作品全体の構成からすれば些細な問題ではある。プロット自体は非常に良質なファンタジーである。巻末にある古川日出男の解説にもあるとおり、歴史を伝える不死者の視点が三部作を貫く。終幕で「神」たる龍は姿を消し、神器は返上され、人間の歴史が始まる。神話をなぞるようですらある。

長々と書いたが、僕はこの小説が大好きである。ゲーム原作としては史上最高かも知れない。復刊の経緯は著者のページで触れられている。相当な苦労だったようだがよくぞ再び世に出してくれたものだと思う。再び復刊したり電子書籍化されるなどして、より多くの人の目に触れることを望む。

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以下余談。本作には下巻に『不死王』を収録している。収録場所は下巻の冒頭であり、頭から順番に読む限りでは唐突で、さらに事前に知らないとこれが本来は別編であることにすらしばらく気付かないかも知れない。僕は既に『不死王』を読んでいたので、初読時は一旦読み飛ばしたのだが、何も知らない人が読んだらどういう感想を抱くだろうか。解説によるとこの短編をこの場所に挟むことに関しては作り手が敢えて仕込んだもののようだが、いまいち意図がわからなかった(ここらへんは『アラビアの夜の種族』、特に文庫版の解説と関連づけて語る価値がある。いずれそちらの小説をレビューした際にまた触れる予定)。

さらに余談。これを書いている現在、Amazonでは新装版の上巻にプレミアが付いているが、下巻は新品の在庫すら残っているのがとても不思議。わざわざ上巻だけ買う人がそんなにいるのだろうか。百歩譲って『不死王』を収録している下巻だけ買うというのなら理解できるがその逆は想像しにくいけどねぇ。

念のため旧版のリンクも。場合によってはこっちのほうが安上がり。


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