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ルビー・サファイアという時代
『ルビー・サファイア』発売から1年くらいまでのポケモン界を振り返る。

当時の記憶や印象をもとに書いている部分も多いので曖昧な部分はあるし、あるいは人それぞれという部分もあるだろう。明らかな事実誤認について指摘されたら修正するが、基本的には思い出語りとしてゆるく読んで欲しい。長いのでお茶でも片手にどうぞ。

はじめに


第三世代こと、GBAとGCにてソフトがリリースされていた時代のポケモン対戦考察というのは今なお盛んらしい。詳しくはないがオンライン上における対戦シミュレータもあるようだ。しかし「第三世代」とはいうものの、考察の対象となるのはエメラルドやXDが発売され、ポケモンや技が出そろっている状態が前提である。確かに他の世代の対戦考察においても、その世代における最終段階を前提にするのが基本だ。例外は第一世代におけるいわゆる「オーパーツ」の扱い程度だが、それは逆方向通信の賜物であって以降の世代とは事情が異なる。

第三世代においては、1年間はほとんど変化がなかった(せいぜい木の実の追加くらいである)環境が、『コロシアム』『ファイアレッド・リーフグリーン』の相次ぐ発売により、最初の1年とそれ以降で環境が激変した。使用可能なポケモンは2倍以上になり、これまで封印されていた数々の技が解禁された。通信環境を共有する作品でありながら、まるで別のゲームになったかのような変化をもたらしたのだ。単純にポケモンや技だけでなく、『エメラルド』以降の育成環境の整備や乱数調整法の確立といった事情も非常に大きい。

ここでは、敢えて『ルビー・サファイア』最初の1年間を振り返り、通信対戦とそれを取り巻く状況がいかなるものであったのかを綴っていきたいと思う。

ルビサファ前史


本題に入る前に、まず一つ前の世代から話を始めよう。『金・銀』発売からの3年間は、ポケモンファンにとっては激動の時代だった。インターネットの普及率は爆発的に増加し、それまではインターネット上のポケモンファンにとってポータル的存在だった、ひめさんの『ポケモンだいすきクラブ』の影響は相対的に小さくなった。それぞれの志向に合わせてファン層が細分化し、様々な趣向を凝らしたサイトにそれぞれ人が集まるようになったのである。今で言うような「まとめサイト」的なものも存在しないか、あっても小規模なものだったので、同一ジャンルであっても情報共有は今ほど進んでいなかったというのが当時のインターネットである。

この時代については僕は積極的に対戦関係に力を入れていないので良くわからない部分はあるが、対戦を主目的とする定期的な「オフ会」が生まれたり、PC向けサイトとは全くの別文化であった携帯電話用の無料サイト作成サービス「魔法のiらんど」上に作られたコミュニティを中心として「モバイルアダプタGB」を用いて対戦を行うサークルが出現したり、あるいはシミュレータを用いた仮想対戦サイト『ジムリーダーの城』が運営されることになり、現実・仮想それぞれにおいて通信対戦が洗練されていくことになる。

2001年は、それまで4年連続で行われていたような大規模な全国大会は開催されなかった(「モバイルカップ2001」という特殊な大会はあった)が、インターネット上におけるポケモン対戦研究の盛り上がりは全く衰えることは無かった。これまでのGB版との互換打ち切りという寂しさにも負けず(もっとも当時は、遅かれ早かれ何らかの形での通信が確立するという見方が根強かったが)、GBA版には多大なる期待が寄せられていたのである。

新たなる環境


というわけで無事に発売された『ルビー・サファイア』である。蓋を開けてみれば前作までと似ているようで違うシステムが満載。「性格」については目立つ新要素ではあるものの、「既存の式通りの能力計算結果に補正値が乗算されるものである」というシステムが体験版プレイからの情報収集の時点である程度は見立てられており、そこまでの衝撃は無かったと記憶している。大きな変化はゲームで言うところの基礎ポイント、プレイヤー間においては「努力値」と呼ばれる例の値に関する部分である。

当時、真っ先に解析されて出回ったのはポケモンの種族固有の成長値である、いわゆる「種族値」のデータだが、この時点では(前作同様の努力値システムを当然のように想定し)「今回の努力値稼ぎはパッチールで決まりだな」なんて話になっており、まだまだシステムは解明されていなかったことが伺える。

努力値システムにどうやら変更があるらしいぞという事は、フルドーピング(そういえば特攻と特防が別管理になって「キトサン」が追加されたっけ)しようとすると最後の1種類は1個しか使えなくなることが発覚したあたりから気付かれ始めた。実機による検証かデータ解析か、とにかく何らかの手段によって全容が明かされたのは発売から数日も経過しないうちであったはずである。

不便な育成環境


そんなこんなで一通りの育成情報が明らかになった(いわゆる「個体値」に関する経緯は記憶に残ってないので割愛)わけだが、ここで大きな問題が生じた。とにかく育成が不便なのである。いくらインターフェイス(特にボックスは格段に使いやすくなった!)やレスポンスがGBの頃から格段に改善されたとはいえ、今まで慣れっこだった倍速プレイが使えない環境は遅く感じられた。

また、個体値の吟味も大変になった。性格も含めると単純に最大値を出せる確率が天文学的な低さになった上に、そうでない場合の程々の吟味についてもハードルが上がった。従来は遺伝するのは防御と特殊だけだったが、今回は全ての能力値がランダムで遺伝する。そもそも従来では他の能力と連動していたHPが独立し、特攻と特防が分化した。それに加えて当時はまだメタモンすらいなかった。おまけに個体値が32段階になり、判定の難易度まで上がった。

ここで脱落した人も少なからずいたとは思うが、多くのプレイヤーはより個性的なポケモンを育てられるようになった環境に惹きつけられていった。現在においても使い勝手の良い計算ツールはこの頃に生まれたものが多い。そしてこの時代を象徴する文化として外せないのが「親交換」という文化である。

吟味が面倒になったので、お互いで分担しようという発想が生まれた。ここに交流が発生する。従来はやりこみ派のプレイヤー(例えば、自力で全バージョンと通信環境を揃えるような)には顧みられていなかったユーザー同士の通信交換が活性化する。また、育成を分担することで信頼感が生まれる。お互いに頑張って吟味していることをアピールすることで、チートなんか使わずに自力でポケモンを育てているという安心感に繋がるのである。むしろ人によっては吟味の分担など口実に過ぎず、信頼できる仲間の証としての交換を求めていた例もあるだろう。

ちなみに対戦関係に限らず、ゲーム内に新たに用意された様々な通信要素も交流の楽しみの一つだった。特に「ポロック」のブレンドは面白かった。全てのコンディションを高めるには緻密なレシピが必要で、おまけ要素でありながらもかなり楽しめた。そして、いくらいいレシピが出来ても操作する人がいなければ良いポロックは作れない(1人で4台を同時に操作するのは限界がある)。リュガ以降が未解禁の状態でも、チイラを使うことで見た目上だがオールMAX(235以上)を達成できた時はみんなで感動したものだ(資料:ポロック大百科 過去ログ

パーティの個性化


既に述べたように、性格システムの追加や努力値システムの変化によって従来より格段に育成のバリエーションは広がった。さらに吟味は大変になったが、従来と比べて育成(主に努力値稼ぎ)に関しては格段に手間がかからなくなった。このため、孵化余りであっても一定水準を満たしたと判断された個体ならば様々な型を気軽に育成できるようになった。むしろベストな個体は温存し、まずはB級個体を実戦投入してから調整するトレーナーもいた。

当時は努力値の振り直しも行えないので、異なる配分の型を作るには別に育てる必要がある。積極的か消極的か、理由はさておき多くのプレイヤーは、同じポケモンでも複数の型を育成していた。セオリーを敢えて破った配分や、奇をてらった戦術も従来より積極的に試されるようになっていく。前作までと比べれば、(一応は)チート不使用を前提とした実機オンリーでありながらもしても環境の発展速度は速かったと思われる。

また、吟味の手間自体についても、見方を変えれば前作とさほど変わっていないとも言える。例えば素早さが遺伝するようになったので最速を狙うこと自体は、性格を考慮してもそこまで難しくはない。他の能力についても、仮想敵に対して要件(○○をn発耐え、△△を1撃で倒す、等)を満たせば十分とするならば育成のハードルは一気に下がる。色んなポケモンを使ってみようという発想がここに生まれる。

ポケモンの数こそ『金・銀』より少なくなってしまったが、パーティの個性が生まれる余地は増え、なおかつそれを実現するためのハードルも下げられたのが『ルビー・サファイア』なのである。

技の制限


以上で述べたような点については、むしろ以降の作品のほうが強くなっている傾向だろうか。吟味も含めて育成の手間は大幅に軽減され、またポケモン・パーティそれぞれにおいて採れる選択肢も格段に増えている。当時の環境を強く特徴付けているのがこの「技の制限」である。

前作までに登場した技マシンの多くがオミットされ、従来は一定の共通点があるポケモンなら例外なく覚えられた技の多くが制限された。例えば『ファイアレッド・リーフグリーン』で追加された主要な「教え技」には「でんじは」「みがわり」「だいばくはつ」「カウンター」等があるが、逆に言えばこれらの技は『ルビー・サファイア』では極一部のポケモンしか覚えられなかった。それらの技を使えるという時点で、使えない多数のポケモンに対する差別化ポイントとなったのである。

たとえ種族値で劣っていたとしてもこれらの技や、あるいは特性のおかげでワンチャンスを狙えるポケモンが多かったのが、当時の環境の一つの特徴であると思う。レジ系やメタグロス、ボーマンダなど、突出した種族値を持つポケモンがトップメタとして君臨するイメージを持たれる方も多いと思うが、それら以外にも活躍の余地が存在するポケモンもまた多かった。

第四世代以降は「きあいのタスキ」などによって、仮に種族値が低いポケモンでも場に残って何らかの仕事をすることはやりやすくなっているが、果たして「そのポケモンを使う意義」がはっきり存在するケースはどの程度存在するのだろうか。あくまで個人的にだが疑問を感じる部分は多い。

対戦環境の自主自立


結果として、2004年まで公式大会は開催されなかった。しかし2003年の時点では、多くのプレイヤーは今年こそ大会が行われると思っていた。雲行きが怪しくなったのは春から夏にかけて告知が無かったことである。考えられる原因として、チート対策の限界や、年齢層の拡大(ぶっちゃけ「大きなお友達」が増えすぎて子供向けのイベントに相応しくないのではないかという懸念)を挙げるプレイヤーが多かったと思う。

しかし、前作から引き継いだ対戦コミュニティは健在で、対戦をする場所には困らなかった。当時僕もよく出入りしていた、全国大会OBOG関係者の多いサイト「ぽけもん*あんだ_ぐらうんど」の関係者のように往時の公式大会を知るものとしては思うところはあったのかも知れないが、個人的にはさほど残念には感じなかったことを記憶している。

幸い、対戦のルールについては多くのプレイヤー間で合意が出来ていた。ゲーム内の「バトルタワー」の出場制限を基本として、従来通りにポケモンと持ち物の重複を禁止するルールが自然形成された(ごく一部ではLv50~55の配分制も行われていたと聞いているが、Lv50までに全てのポケモンが進化できるために普通はLv50統一だった)。やろうと思えばレベルや種族を制限した「リトルカップ」や「ファンシーカップ」も可能である。遊び場には困らない。

昔のようにメーカーとユーザーが作り上げるイベントも良いが、別々の路線を歩むのも悪くない、それどころか自分にはこっちのほうが合っているのではないか、とまで思っていた。

終焉


以上に挙げたようなこの1年間のポケモン対戦界は、もちろん賛否はあるだろうが自分にとってはとても居心地の良い場所だった。『コロシアム』発売後も、技の解禁には慎重だったこともあり環境に大胆な変化はなかった。事態が一変したのは何と言っても『ファイアレッド・リーフグリーン』の教え技である。これにより、「みがわり」「でんじは」等を自力で覚えられる価値が無くなり、高種族値のポケモンが強力で便利な技を振り回すゲームになってしまった(もちろんそうではない面もあるだろうが、従来と比較して、という話である)。

同年5月頃に発表されたポケモンリーグ2004により、周囲の雰囲気は一変してしまう。あくまでも主観なのだが、公式大会への出場や優勝を目指す、いわゆるガチ勢と、そうではない人達の間で決定的な溝が出来てしまったような気がするのだ。今までは何となく統一されたルールのもとで、個人が思い思いに楽しんでいたはずなのに、「公式大会」という明確な目標ができてしまい、目指すか否かに関わらず存在を意識せざるを得なくなってしまった。

このあたりをきっかけに、自分の中でのポケモンは一つの幕を下ろした。もちろん『エメラルド』は購入したが、既に対人戦を意識した育成はしなくなってしまった。せいぜい「バトルフロンティア」攻略に特化したポケモンを育てる程度である。オフ会自体には顔を出しても、対戦にはほとんど参加しなくなってしまった。惰性で第四世代も購入してはいるが、町やポケモンの名前すら覚えていない。第五世代以降はゲームに触れることすら無くなってしまった。

2002年11月21日からの1年間は、長いポケモンの歴史の中では一種の空白地帯、あるいは徒花だったのかも知れない。人によっては面倒で地味な時期だったと感じるだろう。しかし自分のように、地味で面倒だからこそ生まれた環境そのものに魅せられていた人も確かにいたのである。

今さら当時の限定された環境での対戦考察を求めたりはしないが、かつてそういう時代があった、という記憶だけでも留めてくれたらと願う。

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通りすがりです

記事拝読させて頂きました。
私はRSジャストミートの世代で、
ベッドの中で隠れてプレイしていたら
親に激昂されたことを覚えています。

私にとってはボックス整理機能が最も画期的で、
特性の概念もポケモンの可能性を
大きく広げてくれたように思います。

ところで記事と無関係な質問で恐縮なのですが、
貴方の文章力(いつも感嘆しております)の源泉は
どこにあるのでしょうか?

よろしければ教えてください。
bystander | URL | 2015/10/29/Thu 13:02 [編集]
返信
>standerさん
昔は文字だけの上、ボックス内を移動させるたびに強制セーブでしたからねぇ。
アイコンで操作できるようになったのは革新的でした。

文章について、上手いかどうかはともかく個人的に意識しているのは、
「(知り合い以外の)不特定多数の人に読まれることを意識する」、
「(読みづらくならない範囲で)なるべく文章の密度を高める」ことですね。
あとは年の功というか、色んな文章を読んで語彙や表現力を身につけることでしょうか。
かける | URL | 2015/10/31/Sat 21:54 [編集]
返信ありがとうございます
返信ありがとうございます。ネット上で時折、
「この人の文章ならいくらでも読んでいられる」
という文章に出会うことがあるのですが、
かけるさんの文章は紛れもなくそれにあたります。

回答ありがとうございました。
bystander | URL | 2015/11/02/Mon 07:48 [編集]
今気付いたのですが
「bystander」さんだったのですね。by「stander」さんだと読み違えてました、失礼。
かける | URL | 2015/11/06/Fri 19:17 [編集]
読み物としておもしろいでふ
ナナシの実 | URL | 2015/11/24/Tue 08:06 [編集]
グラフィック・配色について
ルビー・サファイアの時代、旧作のポケモンがアニメの配色そのものになった事で、サイホーンやコイル(個人的には育ててはいなかった)のあの灰色っぽい紫色(スーパーゲームボーイ版)が好きだった私にはショックでした。その代りに人物の頭身が上がりましたね(ちなみにポケセンの女性はピカチュウ版から?)。
misa | URL | 2016/12/31/Sat 15:58 [編集]
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