本とゲームのレビューと雑文が中心。

『新世紀エヴァンゲリオン』語り
作品評とか感想などではなく、エヴァンゲリオンという作品を題材にして過去を振り返る自分語り。
好き放題に書いてみた。無意味に長い上に内容は薄い。試験的公開につき、気まぐれに編集したり、あるいは削除することもあるかも。なんにせよ第三者が読む価値はあまりないと思う(僕がこの手の、自分を下げる前置きをするってことはよっぽどだからね!)。

他の作品についても、今後「○○語り」としてシリーズ企画にするかも知れない。

先に断って置くが、一応は公式の年表などを参照してはいるが、もともとは曖昧な記憶頼みなので不確かな部分は多いと思う。
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まず始めに書いておくが、『新世紀エヴァンゲリオン』(以下、作品名を表すときは『エヴァ』と表記)の設定やストーリーをまともに知ったのはつい最近である(きっかけとしてはMHFのコラボだが、こちらに関してはどうでもいいので割愛)。世代的にはまさに初期のブームの中核であるはずだが、これまで半ば意図的に避けてきた作品の一つだった。

時系列に話を進めると、最初に『エヴァ』を知ったのは(記憶と年表を参考にする限り)1995年の晩秋頃、小学6年生の2学期末ごろのはずである。当時、テレビ東京の放送をリアルタイムで見ていたクラスメイト(ここでは仮に、Y君・Oちゃんとする。イニシャルは本名とは一致しない)に勧められた。

小6の二学期後半といえば、もはや授業はほとんど終わり、自習という名の自由活動ばかり。同級生の8割方が同じ中学へ進学し、そうでない場合も大抵は地元を離れることはないので、卒業を前にした寂しさというのもない。今思うと、とてもふわふわした楽しい時間だったと思う。休み時間や放課後、あるいは自習中には、卒業発表の曲に混じって各自がお気に入りのテープを持ちよってラジカセで聞いたり歌ったりしていた。Y君やOちゃんが持ってきたのはもちろん『残酷な天使のテーゼ』である。

Y君とOちゃんは何かに付けて『エヴァ』のエヴァンジェリストとしてクラス中に魅力を伝えていたが、僕を含めて反応はいまいちだったと思う。本放送を見たか、あるいは雑誌などで間接的に内容を知ったのかは忘れたが、いずれにせよあまり魅力を感じずに切ってしまったはずだ(時期からすると、まだアスカが来る前で地味だった頃だろうか?そう考えると本当に早い時期だったんだなぁ)。

ただし『残酷な天使のテーゼ』については好評で、確かホームルームか何かで合唱したような覚えもある。僕も、歌詞やメロディーはこの時にほとんど覚えてしまった。なお、Y君はラジカセの再生スピードを微妙に変えて「テレビ版は時間内に納めるため少しだけ早くなっているんだ、少し遅くすると元の音になる」などと解説していたが、今のところ他ではそういう情報を聞いたことが無い。彼の気のせいだったのか、あるいは地域によって違ったのか?(なおテレビ東京が普通に映っていたはずである)

Y君は親の仕事の都合で地元を離れ、Oちゃんは私立中学へと進学したので、卒業以降に会うことは無くなってしまった。次に会うことになるのは10年後くらいに行われた同窓会のはずだが、その時は当たりざわりのない会話しかしていなかったと思う(ちょうどパチンコなどによりアニメファンならずとも『エヴァ』が膾炙していた頃であり、「当時からエヴァ知ってた俺達って進んでたよね」くらいは話したかも)。

時は少し流れて中学生に。僕は理科部に入部した。先輩や同期の中にはやはり『エヴァ』のファンがいた。彼らもやはり僕に魅力を伝えようとしていたが、それに対してまともに答えることは無かったと思う。『エヴァ』に関する情報自体は、既にブームの兆しであったために様々なメディアで目にする機会は増えていたと思う。

僕はなぜ『エヴァ』を避けていたのか。一つは性的な表現に対する忌避だったことは間違いない。思春期特有の、性的なものに非常に興味を持ちながら、周りの人にその興味を悟られたくないという感情によって、流行りものかつ性的な何かというのは、意図的に近寄らないようにしていた。

もう一つは「大人ぶる」ことに対する抵抗。これも思春期らしいというか「中二病」の一つの形態なのかも知れない。(『エヴァ』とともに同時代を象徴するサブカルチャーである『ファイナルファンタジーVII』を避けていたのも同様の理由で、さらに言えば当時の自分がファミコン等のレトロゲームや『ポケモン』に傾倒していたのも、ゲーム性云々の問題だけでなく、同様の感情によるところが非常に強かったと思う。これらについても、いずれ何らかの形で語ることになるだろう)。

その後、1990年代末期にインターネットを始める。自分が主に見ていたのはゲーム系サイトだが、やはり『エヴァ』ファンはあちこちにいたようで、キャラやセリフを引用した表現が各所で見られた。また、当時コンテンツ名などで「補完」という言い回しをやたらと見たのだが、この元ネタが『エヴァ』だと知ったのは少し後のことである。

小学生時代から数えると様々な場面で色んな人が勧めてくれたにも関わらず、結局本放送を見ることは無かったと思う。あるいは多少見てすぐにやめてしまったのかも知れないが、そのあたりも曖昧。主要なキャラや有名なセリフについては自然と覚えたりはしていたものだが。

それからまた時間が経って、パチンコ版またはパチスロ版がリリースされるとテレビのCMや街頭などで再び『エヴァ』を目にする機会が増えてきた。当時パチにはまっていた弟とエヴァの話をしたこともあったような気がしないでもない。本当に余談なのだが、当時の記憶として残ってるのはとあるパチンコ屋の広告に、デフォルメされたエヴァ初号機と『冬のソナタ』のヨン様(が演じるチュンサン)が並んでスクワットをしているイラストが描かれていたことである(この両者が鍛えている→だから演出が成功する→つまり設定を甘くしてますよ!というアピールらしい)。

これ以降、『エヴァ』に関する記憶は途切れる。新劇場版が公開されたりしてメディアの露出も増えたはずなのだが特に覚えていない。その間カラオケや有線放送で『魂のルフラン』も何度か聞いたが、これが挿入歌だと知ったのもかなり後のことである(っていうか旧劇版だったのかよ!もっと新しい歌だと思ってた)。

そんな感じで現在に至るわけだが、今さらながら後悔しているのは、もっと早い段階で『エヴァ』と向き合うべきだったという点である。僕自身はあまり好きになれなかった作品ではあっても、後に与えた影響が非常に大きいということを今回改めて気づいたからだ。僕がもっと早く『エヴァ』に触れることで、広がった人脈や知見というのはたくさんあったと思う。好きになれなかったのならその感情を素直にぶつけることで、広がる世界というのはいくらでもあっただろうに。

食わず嫌いの後悔というのは忘れた頃にやってくるんだなー、というのを今回の教訓として一旦筆を置くことにする。冒頭で述べた方に修正や加筆が行われる可能性はある。

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