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書評:ネットゲームがよくわかる本
1994年のネットゲーム(プレイバイメール)事情。

共通の世界設定の中で数百~数千のプレイヤーが各々キャラクターを演じ、郵政省メールと会報によって情報を送受信する、元祖ネットゲームことプレイバイメール(以下「PBM」)。当時人気だったという「蓬莱学園」を例にしてわかりやすく解説。PBMの存在を最近になって知ったブログ主にとっては良い参考書となった。

初心者の視点で「既存の世界観を使った仮想のゲーム」を追体験するという形で、ネットゲームの基本を知ることができる。プレイヤーとしてのリプライや、必ずしも反映されるわけではないそのリアクション、投稿欄を通じた文通・電話・オフ会・同人誌などによるプレイヤー同士の横の繋がりを体験。誌上に住所や本名を公開し、時にはゲームマスターも一緒に泊りがけで語り合ったりする。何とも大らかな時代だ。

ゲームの進行は月1回ペース。プレイヤー間のやり取りも原則は文通から始まるのでテンポが遅い。今の視点で見ると何とも不便な世界だが、物理的・時間的な制約があるからこそ、一つ一つの行動や交流に重みが出て、かえって上手に回っているんだとも思える。これが電子メールとかだと気軽過ぎるが故に責任も軽くなってしまいそうな気がする。

プレイヤーによる曖昧すぎる行動指針や設定、逆に凝り過ぎてしまっている設定、途中で参加を休んでしまう者、郵便事故や締め切り遅れ、プレイヤーやマスターの勘違い等、様々な不都合がありながらも、それを上手く吸収しつつゲームは進んでいく。正直、こんなに上手く行くものなんだろうか?ちょっと眉唾。そして物語はゲームマスターすら予想しない方向に!?

「蓬莱学園」をはじめ、同社のPBMがいくつか紹介されているが、いずれも(あくまで現在の視点で見ると)世界観が雑なのが残念。現代日本のような現実世界に立脚していながら、荒唐無稽な能力や技術が当たり前のように存在する世界は破綻したロウファンタジーだ。作者主導で物語を見せられる(つまり普通の小説や漫画)なら多少の破綻も何とかなるが、多数のプレイヤーが思い思いのキャラを演じるゲームにおいては致命的だと思うのだが。世界観が曖昧だと「プレイヤーキャラとしてその世界の中で出来る事」の範囲も曖昧でゲームとして動かしづらいのではないか。しかし何作もゲームとして完遂している事を考えると、ルールやガイドラインがうまく機能していたのだろうか。

帯の煽り文には「日本で生まれた奇跡のゲーム」とある。時間や金銭に余裕のあるプレイヤー層、雑誌経由の文通文化、ライトファンタジーファンの共通意識、なおかつインターネット普及以前などという、様々な条件が重なり合った時期だけに許された、まさに奇跡のゲームだったんだな。

(PBM経験者による突っ込みなど大歓迎)

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懐かしいなぁ~
マル勝とかコンプRPGとか、電撃アドベンチャーズとかのゲーム雑誌の購読者で、流行りの頃は月に3種類くらいやっていたかも~
世界感台無しだろ、と言いたくなるユーザキャラもいたし、その展開はどうなの?なGMもいたけど、グループSNEとかORGの作品は真面目だったし、今でも見られる造りだと思います。^^
ちなみに今でも似たようなゲームがネットで出来たりします。クリエイティブRPGとか言うらしいですよ。
http://souku.jp/
ピカナ | URL | 2011/08/01/Mon 20:32 [編集]
おお、経験者が!
結構いろんな会社でやっていたんですねえ。当時は全く知りませんでした。今となっては一次的な情報を集めにくいんですけど、古雑誌などで見たらチェックしてみます。

今でもあるところにはあるんですねえ。声優が入るあたりが現代的?

かける | URL | 2011/08/02/Tue 01:49 [編集]
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