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RPGにおける抽象化~DQ1の鍵と薬草~
鍵と薬草。ごくシンプルなこれらのアイテムの意味するところとは?
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RPGを作る上で、舞台となる「世界」をそのままゲームシステムに落としこむ必要はない。「世界」の中に確かに存在する要素であっても、ゲームに不要なものや、ゲームを過度に煩雑にしてしまうものであればばっさりと切り落とす。逆にゲームの快適さや面白さに繋がる要素ならば、多少「世界」と相容れなくても上手に取り入れる。

例えば、多くのRPGで「食事」や「睡眠」は、キャラの生存に不可欠な要素としては扱われていない。食品系アイテムや宿屋はあっても、あくまで回復のための手段の一つである場合がほとんどだ。その気になれば食事も睡眠もとらず、ノンストップで大陸を横断することだってできる。だからといって、プレイヤーキャラ達が食事や睡眠を必要としない超人というわけではない。ゲームに不必要だから省略しているだけだ。

逆に「世界」に無いものを追加するケースは、「遠くの町への瞬間移動」や「死者の蘇生」が一例。それも神の奇跡などではなく、ありふれたアイテムや施設などで日常的に行えるような場合。どう見ても「瞬間移動や蘇生が身近であることを前提とした世界」では無いにも関わらず、これらの要素が存在する場合、それはゲームの進行をスムーズにするために用意された、言い方は悪いが「ご都合主義」である。

RPGのためにデフォルメされた「世界」を元に戻すには、同じシナリオをベースに小説を書くことを考えてみればいい。ゲームでは描かれていないが無視できない要素や、ゲームと同じように扱ってしまったら興ざめになる要素が必ずあるはずだ。

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前置きが長くなったが本題。ドラゴンクエストの1作目(以下「DQ1」)は、本来は省略されてしかるべき多数の要素を、たった2種類のアイテムに抽象化することで見事にゲームに取り込むことに成功した。そのアイテムこそが「鍵」と「薬草」である。これら2つは他のアイテムの所持数に関わらず6個ずつ持つことが出来るが、7個以上は持てない。特殊なアイテムとして位置づけられている。

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「鍵」は、ゲームの上では魔法の鍵と言うことになっていて、あらゆる扉を開けられる代わりに、一度使うと無くなってしまう。民家の扉も王宮の宝物庫の扉も、敵の大ボスの本拠地の扉さえも、全て同じように開くことができる。しかもそんな鍵が町中で普通に売られていて、おおっぴらに使用しても咎められることはない。

いくら何でもありの魔法とファンタジーの世界といえ、このアイテムをそのままの形で受け入れることができるだろうか。これはあくまで「鍵」という姿に仮託された、「情報収集や探索に必要な道具類」だと解釈することはできないだろうか。

例えば「鍵を消費して民家の扉を開け、住人から情報を聞く」というのは「手みやげ持参で民家を訪ね、住人から情報を聞く」と置き換えることができるし、「宝物庫の扉を開けて堂々と宝箱を盗む」のは「衛兵に袖の下を渡して見逃してもらう」だろうか。「ダンジョンの扉を開ける」というのは「鈍器や爆発物で障害物を撤去する」ことを意味しているかも知れない。

状況に応じて別のアイテムを用意するのは煩雑だし、何より当時は容量の制約もあっただろう。ごく一部の重要なイベントを除いて「道を塞ぐ要素に対しては『鍵』」という、とても合理的なシステムである。

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では「薬草」とは何か。HPを回復させるアイテムだが、そもそもHPのダメージとは何なのか。モンスターとの戦闘だけを考えても、切り傷や刺し傷から打撲、火傷など、あらゆる種類の傷が考えられる。それらを全て一瞬で回復する薬草とは、文字通りの意味に留まらない、万能の回復アイテムである。様々な薬品や救急器具の抽象化と見て良いだろう。

一歩進んで、HPを奪う「モンスター」とは何かを考えてみたい。奴らはフィールドやダンジョンのような危険地帯に現れる。出現タイミングはランダムだが、冒険をする以上はまず避けて通れない存在だ。逆に、モンスター以外にHPを奪う要素はほとんど無い。DQ1では毒の沼地とバリア地帯くらいである。また、フィールド上ではモンスター発生以外のイベントは皆無と言っていいし、ダンジョン内でもプレイヤーにとってマイナスとなるイベントは「戦闘」だけである。

ゲーム上で表現されていなくても、例えば旅のさなかに悪天候に見舞われることもあるだろうし、ダンジョン内の罠にかかったり、あるいは落盤事故に巻き込まれるかも知れない。また順調な冒険であっても、旅では食料を確実に消費する。靴や野営用の寝袋も痛むので修繕や買い換えが必要だ。何より、道無き山野を進むのはそれだけで大変な体力を消耗する。心がくじけそうな時には嗜好品で気を紛らわせることも時には必要かも知れない。

冒険をする上で避けて通れない危難や、消耗する物資や心身の疲労といった、ゲームでは描かれない様々な要素。これらは全て「モンスター」という姿を与えられ、勇者の「HP」を奪ってゆく。旅が長続きする程にダメージも蓄積する。「薬草」があればダメージを癒して、より長く冒険を続けることができる。「薬草」とは、危機に対する備えとなる様々な道具、消耗する様々な物資の事に他ならない。

(ちなみにDQ1において、薬草はホイミの2倍程度の効果を誇る。回復呪文を覚えていても、薬草があると無いのとでは行動範囲が段違いなのである。)

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以上である。「鍵」と「薬草」は、決して文字通りの意味に限らず、冒険に必要なあらゆるアイテムがその姿を借りている存在なのだ。RPGをプレイする時は、画面に現れる映像や名称をそのまま受け入れるだけではなく、想像力を働かせてみよう。生き生きとした「世界」の真の姿が見えてくるはずだ。

DQ1の抽象化が優れている点は、あらゆる冒険物語に通用するという点だ。どんな「冒険」であっても、「鍵」と「薬草」の存在は不可欠。神話の英雄だってそうだし、エベレスト登頂やアマゾン踏破などの現実の探検にしても同じだ。近未来の惑星探査もそうだろうし、非常にミクロな例だと「はじめてのおつかい」だって子供にとっては大冒険である。これらはいずれも、DQ1のフォーマットでRPGになりうるのだ。

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